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2006年10月27日 (金)

鈍感さが故に

今日は、私が初めて今の会社の実業務に配属されてから、約一年半の間、仕事を一緒にさせていただいたプロジェクトチームの方々との送別会があった。

結果的には、このときの業務がこの会社で一番長く経験した仕事ということになる。

残念ながら予定が合わず来られなかった方もいたが、このチーム(と言っても一緒に仕事をしていた時期は結構バラバラなのだが)の人たちは本当にみないい人ばかりで、「会社の人との飲み会の場では、上の人に対してどういうところにどういうふうに気を遣えばいいのだろう」、と心配していた新人の頃の私の心配を、すぐに拭い去ってくれた人たち。

全員が私よりも目上の人だが、何の気兼ねもなく、何の気も遣わず、何の遠慮もなく話ができる(本当はもっと気を遣わなきゃなのだろうけど..)、こういう飲み会は本当に楽しい。

そういう人たちとの別れ。
今日会ったうちの2人は職場が同じだから、まだ来週会えるのだが、私が会社を辞めた後、東京を離れる身である以上、あとの2人は物理的に会う機会がこれで当分得られないことになる。それは当たり前のこと。

会社を辞める、また、長く住んでいた土地を離れる、とはつまりそういうことでもある。

こういうことは、実は辞めると決めたときは全く気にしていなかった。
だが、最近、一人、また一人と、最後のあいさつをしていくと、あぁそうなんだよな、もう一緒に仕事することないんだよな、仕事帰りに一緒に遊びに行ったり、待ち合わせしてどこかで飲んだり、週末の遊ぶ約束をしたりすることもないんだよな、と、当たり前のことに今頃になってやっと気がついてさみしくなっていく。

別れ際に、また連絡するよ、また会おうね、また飲みに行こう、また遊びに行こう、じゃあ、またね、といつもと変わらない一言を聞いて急にさみしくなったりする。

思考よりも感情の方が遅れてやってくる、とでも言うのか、こういうとき人間は本当に鈍感だ、と思う。私が鈍感なだけだろうか。でもそいういう鈍感さが故に、人間はそうそう落ちずに前を見て生きていけるのかもしれない、とも思った。

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