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2007年2月28日 (水)

赤報隊と左之助と安慈

今日は、まずは下諏訪、そして松本城へ。
が。案の定寝坊だ。。やはり無理があったか。
行動開始したのは昼過ぎ。

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昨晩の宿は「小坂田公園」という名の道の駅。塩尻峠の途中にある。
塩尻峠。。塩尻峠の戦いで有名。かどうかは定かでない。

ここから下諏訪までは20~30分。
とりあえず、ここらで一番の大きな観光スポットであり駐車場もある諏訪大社に寄る。

■諏訪大社下社秋宮
 住所 諏訪市下諏訪町5828
 電話 0266-27-8035
 期間 通年
 営業時間 参拝自由
 料金 無料
 駐車場 数十台
 お勧め ★★★☆☆

 
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全国にある諏訪神社の本社。
名前見てわかるように上社と下社があり、それぞれに春宮と秋宮がある。
ここは、最も参拝客が多いという下社の秋宮。以前、一度訪れたことはある。

ここで第二部最初のお参り&いつも通りおみくじ。
ここも鶴岡八幡宮と同様に箱を振って番号の棒が出てくるおみくじ。

今回は。
吉。
まずまずですな。
「旅行」も「行き先に利得あり」だし。オッケー。

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ではでは安全祈願も済んだところで。

■魁塚(相楽塚)
 住所 諏訪市下諏訪町(詳細は別途地図を参照)
 期間 通年
 営業時間 参拝自由
 料金 無料
 駐車場 なし
 お勧め ★★★★☆

下諏訪は赤報隊終焉の地である。
今回諏訪を訪れたのはここに来るためだ。

日本史にあまり詳しくなくても、「るろうに剣心」が好きな人であれば、赤報隊の名前くらいはきっと聞いたことがあるだろう。そして、相楽の姓も。

【戊辰戦争と赤報隊】
(後日記載。。。予定。。)

ここには、赤報隊隊士の慰霊碑がある。
それだけと言えばそれだけではあるが。。

今回は、日本史の舞台、というよりも、好きなマンガの舞台、というイメージの方がどうしても強い。
赤報隊のエピソードも「るろうに剣心」で初めて知った話だったので。

このマンガの作者自身も、赤報隊は一般的にはマイナーな話題であることは自覚していたようだが、同時に、この話なくして幕末維新は語れないとも思っていたようだ。
それ故に、作中でも鮮烈なイメージで描かれているので、その影響で私も赤報隊には多少他より強い思い入れがあるというわけである。

余談だが、相楽左之助が悠久山安慈に出会い、破壊の極意「二重の極み」を会得した場所も、ここ下諏訪である。(うわーこれホント余談だー。。)

尚、下諏訪の街はしばらく散歩してみたが、至るところに「由布姫ゆかりの里」と書かれた旗が目に付いた。
現在NHKで放映中の「風林火山」でヒロイン(?)の由布姫(湖衣姫と言った方が馴染みがあるかもしれない)は、ここ諏訪出身なのである(だから、諏訪御料人とも呼ばれる)。

私は、甲斐(山梨)出身であり、プロフィール写真にも信玄を使っているくらいだから、武田信玄にも興味があるのだが、それを目的に長野を回っていてはキリがないので、今回は信玄は忘れることにする。以前、古戦場や城跡巡りはしたことあるしね。

最後にもうひとつ。。
この魁塚はネット上にもちゃんとした住所などの情報がなかなか見つからなかったので、駅前に貼ってあった地図をここに載せておく。諏訪大社から歩いて5~10分くらいだ。

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この地図も、風林火山放映にあたって作られたものみたいだけど。。

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さて。次は松本城だ。

■松本城
 住所 長野県松本市丸の内4-1
 電話 0263-32-2902
 営業時間(天守) 8:30~17:00(入場は16:30まで)
 料金 天守観覧:600円
 駐車場 近隣の有料駐車場を利用
 お勧め ★★★★★

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国宝。
現存する最古の五重天守である。
国宝に指定されている天守は、姫路城(兵庫)、彦根城(滋賀)、犬山城(愛知)、そしてこの松本城(長野)である。
意外と少ない。
廃城令や戦災により焼失してしまい、現代になってから復元された天守が少なくないのだ。

ここを訪れたのは4~5回目だが、実はこれまで中に入ったことがなかった。
今まで来たのは、時間帯が夜の場合ばかりだったから、天守の観覧時間はいつも終わっていたのである。

天守の入場は16:30までなのだが、今日、松本に着いたのは16:00。寝坊のせいだ。

それで、外観の写真もそこそこに、とりあえず中に入ることに。

敷地内でまた外観を写真に撮っていたら、城の方から係員の呼ぶ声が。
時間がもうあまりないから早く入って欲しいとのこと。むうぅ。。しょうがないか。

スリッパに履き替え(これがもう現代に復元した城とは違うところ)、中に入るとこんな感じ。

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来たー。これこれ!この感じ!この雰囲気!
床は木板で、階段も柱も木製!そしてこの薄暗さ最高!
超わくわくする♪
多分、周りに誰もいないのをいいことに、うわーとかすげーとか独り言を言ってたんじゃないかと思う。

木製の階段(かなり急。はしごに近い)をギシギシ言わせながら上に上っていく。
一番上の第6層まで登れるんだけど、どの階層もかなり暗い。
第2層あたりなんか、矢狭間とか鉄砲狭間の穴が周りに開いてるだけで窓も何もないから暗い暗い。
小さな電球で少し照らしてあるけど、申し訳程度だね。
でもそれがまたいい。当時の雰囲気(がどうだったかよく知らないけど)がよく出てるって感じ。

展示物はもうほとんど横目で流し見する程度。
長篠の戦の絵とかがあった気がする。こことあんま関係ないと思うんだけど。。

時間がない。急ぐ急ぐ。
30分以内に上って下りて門から出ないとならないんだから。
時間がないから写真もダイジェストで。(って、いやそれは違うでしょ。。)

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暗くて小さくて何が写ってんだかよくわからないねー。
決して、画像補正の手間が面倒だったわけではない。
現場の雰囲気重視で敢えて補正しなかったのである。。多分。

これは第6層に上る階段。

               20070228_050_matsumotojo_filtered_ss

狭!急!暗!
この写真は少し明るく補正してある。。

最上階。

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景色もゆっくり見る間もなく下りていく。
とにかく時間がない。

私が下りていくと、後ろから従業員のおっちゃんたち4人くらいがぞろぞろ着いてきて、どんどん私が見終わった場所の窓を閉めたり電気消したりして押し寄せて来る。
写真もおちおち撮っていられない。。
相当テンション上がって楽しかったけどゆっくり見れなかったのだけは残念。。
でもここなら実家から近いし。そのうちまた来よーっと。

外に出てしばらくするともうかなり暗くなってきた。
写真を撮る。

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かなり撮ったけど、もっと暗くなった城(確かライトアップされるはず)も撮りたくなったので、とりあえず有料駐車場から車を出して、近くのコンビニに停めて暗くなるまで時間をつぶす。

再度公園に行くと、月もいい感じに上ってきてる。

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満月ではないけどキレイ。

もう一枚夜景を。

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いいねー。松本城。

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それでは。と岐阜方面へ。西へ向かう。
岐阜に入ってすぐのところに、平湯温泉というのがあるので寄っていく。

■ひらゆの森(平湯温泉)
 住所 岐阜県高山市奥飛騨温泉郷平湯763-1
 電話 0578-89-3338
 営業時間 10:00~21:00(受付は20:30まで)
 定休日 無休
 料金 500円
 駐車場 100台
 露天 あり
 無料休憩所 あり
 ぬるめの浴槽 あり
 特記 源泉かけ流し
 URL 
http://www.hirayunomori.co.jp/
 お勧め ★★★★★

出た。★5つ。ここは相当レベル高い!
ここはいい!かなりいい!
広いし、景色もいいし、きれいだし、人少ないし(^^;。

露天の敷地自体がかなり広くて、林の中を散策してるみたいな感じ。
その道の脇にはたくさんの露天の浴槽が並んでる。
浴槽自体も広いからぬるい場所もあれば熱目の場所もある。
お湯は乳白色に近い濁った白で、独特の甘いような匂いがする。

しかも500円っ!ありえない!これで500円はありえない!
でも、店員が言うには、休日には相当混むらしいから、同じ値段とられるなら断然平日だよねー。って普通の人はそれが無理なんだろうけど。

今まで私の中での温泉ランキング1位は、北海道七飯にある流山温泉ってとこだったけど、ここも同じくらい気に入った。
すばらしい。また来たい!けど、なかなか来れないだろうな。。さすがにここは。

さて。岐阜県。。
早くも、15県目(1道1都13県)突入だ。

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本日の走行距離:137km 累計走行距離:9,596km

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第二部 開幕

A.M.0:10。出発。
第二部開幕。いざ西日本へ。

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今晩実家で寝てから、明日の朝に出発という手も考えたが、却下。
理由の一つは、早起きが苦手だということ。

そして、今までの旅の経験上、無理してでも前日の夜のうちに次の日の目的地近くまで移動しておけば、当日多少寝坊しても、割と効率よく目的地を回れるということがわかったから。

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深夜ということもあり、2時間程度で長野県は下諏訪に着。
14県目(1道1都12県)。

とりあえず今日はもう寝るなり。。

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本日の走行距離:95km 累計走行距離:9,459km

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2007年2月20日 (火)

実家滞在期間

今日はほぼ一日ずっと寝て過ごした。

やはり実家の自分の部屋の布団は落ち着く。
少し寝過ぎて、体調はむしろあまり良くないが。。

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今回、実家に寄ったのは主に以下の理由。

 ①西へ向かうにしてもほとんど通り道だったから
 ②タイヤ交換(スタッドレス→ノーマル)
 ③免許更新手続き
 ④資金調達
 ⑤ブログの整備
 ⑥休養

③が最も重要で、これを済ませないと旅も続けられない。

さらには、④も絶対に必要で、北海道でのバイト代の残りが本日振り込まれているはずだが、それだけでは到底残りの旅費として不足している。

やむなく、当初は手をつけるつもりはなかった貯金(大した額はないけど)を切り崩して、今後の旅を続けていくつもり。
だが、私は社会人の頃、銀行の口座に貯金するという方法ではなく、貯金箱に貯金するという原始的な方法をとっていて、その貯金箱が実家に置きっぱなしだったため、途中でそれらを引き出すことができなかったのだ。

あとは、休養しつつも未更新のままになっている過去の記事や、公開済みの記事についても一通り目を通して今のうちに訂正・修正作業をしておく予定(多分全部は無理だろうけど)。

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ここの予定滞在期間は大体1週間を目処にしている。
つまり、今のところ再出発予定は2月26,27日になると思われる。

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2007年2月19日 (月)

第一部 完

2007年2月19日(月)
A.M.3:10

山梨県南アルプス市。実家着。
日本一周の旅。第一部。完。

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第一部 総走行距離:9,204km

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2007年2月18日 (日)

とりあえず写真だけ

■久能山 東照宮

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■駿河城跡

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■日本平

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■風風ラーメン

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2007年2月17日 (土)

とりあえず写真だけ

起きたら車内で桜が咲いていた。

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とりあえず写真だけ更新

■修禅寺

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■修禅寺梅林

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■三嶋大社

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100,000kmオーバー

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2007年2月16日 (金)

サクラサク

今日はちょっとのんびりめに特に目的地も決めずに海岸沿いをドライブすることに。
なので出発は遅目で11時くらい。

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とりあえず、河津辺りまでを目指して伊豆半島東岸を南下。
河津に入るや否や、海岸沿いの駐車場に桜(なんじゃないの?アレ、と思われる木)が目に入ったので、そこに車を停めて休憩。

案の定、桜だ。

でも、まだ2月中旬でしょ。
ちょっと目を疑ったけど、やっぱりどう見ても桜。

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海を見ながら花見なんてなかなかないでしょ。きれい♪

なんか鳥も沢山いて鳴きながら木々を飛び回ってた。

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緑色で目の周りに白いふちがある小鳥。
よく見たことあるから多分有名な種類だと思うけど、全然詳しくないからわからず。。

ここで、今年初の桜(実は先日上野公園に行ったときにカンザクラはちょっとだけ見たんだけどね)ってことで、当然写真を撮る手も止まらない。
新しい被写体が見つかると写真も楽しい。

けど、このデジカメ(コンパクト)、マクロ撮影(接写)は苦手なんだよねー。
こういうとき、やっぱ一眼レフがあればなーって思う。
(フィルムの一眼レフは持ってきてるけど、先日フィルム使い切ってから新しいフィルムを買ってない。。)
てかそもそも、カメラだけじゃなく私自身、マクロ撮影は苦手。勉強しなきゃな。

かなり撮ったけど、抜粋して、またダイジェスト。

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■今井浜海岸
 住所 静岡県賀茂郡河津町見高
 電話 ?
 期間 通年
 営業時間 見学自由
 料金 無料
 駐車場 無料(夏期シーズンは有料)
 お勧め ★★★★☆

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これは河津にある海水浴場。

最近は結構いろいろな海岸を見て寄ってきたけど、やっぱり砂浜が視界に入ると寄ってみたくなってしまう。

今日は昨日みたいに風は強くなかったので、波もそこそこで、天気も抜群で温かくて気持ちいい。
最近の昼は上に羽織るものも必要なくなった。

サーファーもいた。楽しそう。

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河津は社会人の頃に旅行に来たことがあって、河津と言えば温泉くらいなもんだと思っていたんだけど。違った。

この街の至るところに「温泉の里、花の里、河津」みたいなキャッチフレーズが目に入った。

その言葉通り、本当にこの街の至るところに桜が満開に咲き誇っていた。
どこもかしこも桜。桜。桜。

そして、河津の街の中に入っていくと、桜まつりというのをやっていたので、メインの会場に寄って行った。

■河津(桜まつり)
 住所 静岡県賀茂郡河津町(町内各所)
 電話 0558-32-0290(河津町観光協会)
 期間 2/10~3/10
 営業時間 メイン会場9:00~17:00(会場によって異なる)
 料金 駐車場500円
 駐車場 1000台(500円)
 URL 
http://www.kawazuzakura.net/
 お勧め ★★★★★

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街の中心を流れる河津川のほとりにおびただしい数のサクラ。
川の両岸を約3kmのサクラ並木が続いている。
さすがに全部は歩かなかったけどね。

思いがけないところで花見をすることができてラッキー♪
まさかこの時期に桜が見れるとは。

少し日が傾き始めていたけど、それでも十分キレイ。
夜はライトアップもするみたい。

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一口に桜と言っても、いろいろ種類があるようで、ここのカワヅザクラはかなり早咲きの品種なのだそうだ。

【サクラとカワヅザクラ】

一般的にサクラと言うと、誰でもソメイヨシノ(染井吉野)を思い浮かべるだろうけど、実はサクラには300以上の種類がある。

私は、ソメイヨシノと、北海道で主に見かけるエゾザクラ(正式にはオオヤマザクラと言うそう)くらいしか知らなかった。

自生種(自然種)としては、ヤマザクラ(山桜)、オオヤマザクラ(大山桜)など10種程度で、自然交配種が20種、あとの300種以上はすべてこれらを親とした園芸品種(これらを総称してサトザクラという)。

花見で最も有名なソメイヨシノは、江戸末期に作られた園芸品種(ヤマザクラ系のオオシマザクラと、ヒガンザクラ系のエドヒガン)なのである。

ここまでソメイヨシノが広く普及したのには、やはり理由があり、花自体が大きくて色もきれいで華やかだから、ということもあるが、他の多くの種と違って、葉が出る前に花が一気に開花して、短い期間で満開になり一気に散っていく、この過程が日本人の心情(武士道精神のようなもの)である生命力の強さだとか一瞬の美学みたいなものにマッチしたためだろうと思われる。

ちなみに、このソメイヨシノはほとんど実を付けることがなく、稀につけたとしても、そこから発芽する可能性はほぼゼロであり、すべて接ぎ木によって作り出されてきた。
つまり、現在あるソメイヨシノは最初の交配によって生まれた木のクローンと考えても間違いではない。

ここ河津で咲いているのは、カワヅザクラ(河津桜)というそのままの名前の品種で、昔、ここ河津に住んでいた人が河津川のほとりで桜の花をつけている苗木を偶然発見して、そこから現在の桜の木たちが生まれていったそうだ。

カワヅザクラは、ソメイヨシノとは違って、開花時期がかなり早く、1月下旬~2月中旬には開花して約1ヶ月間という長い期間咲き続ける。
但し、カワヅザクラの場合、葉と花が同時に開き、写真を見てわかるように花の色が少し濃いため、やはりその美しさはソメイヨシノには及ばない、と個人的には思う。

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カワヅザクラの最初の1本である原木の桜も今でも健在で、見事に満開で咲いていた。

当然ここでも沢山写真をとったので、やはりダイジェストで一部を。

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■源泉termeいづみ園(湯ヶ島温泉)

 住所 静岡県i伊豆市湯ヶ島2796
 電話 0558-85-2455
 営業時間 10:00~9:30(受付は9:00まで)
 定休日 火曜日
 料金 3時間700円/貸切風呂1時間1000円/素泊まり5000円
 駐車場 30台
 露天 あり
 無料休憩所 あり
 ぬるめの浴槽 なし
 特記 源泉かけ流し
 URL 
http://plaza.across.or.jp/~terme/
 お勧め ★★★★★

湯ヶ島温泉という天城の山中にある温泉。

その温泉街から少し山の中に入っていくと、川沿いにこじんまりと建っている木造平屋造りの温泉施設「いづみ園」がある。

その外見の雰囲気から、きっとここは私好みの温泉(施設)だろうと期待したが、全くその通り、期待通りのいい温泉だった。

あまり大きな建物ではないので、温泉自体も割と控えめな感じではあるけど、浴槽はすべて加水加温なしの100%源泉の掛け流しで、露天は割とゆったりした広さがあるし、休憩所もいい雰囲気の落ち着いた部屋で、湯上りにのんびりできる。

それに何より、すいていた。
というか、実は私が入ったときは私一人しかいなかった。
すいている。ということも、私にとっては温泉を評価する上での重要な要素であることが最近わかってきた。

ここが、湯ヶ島温泉の中心の温泉街から少し離れているということと、湯ヶ島温泉自体が大きな街から少し離れていてアクセスがあまり良くなくて残念ながらあまり栄えていない、というマイナスな立地条件が功を奏した。
あと、今日は平日で、しかも、来た時間が15:00くらいと中途半端だったしね。

誰もいないので露天を撮ってみた。

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貸切露天もたったの1000円で入れるが、望まずして貸切露天に入ることができた(出る頃に2人入ってきたけど)。

周りは木々に囲まれていていい景色だし、そもそも山の中だから静かだし、隣を川が流れているので川のせせらぎが心地よい。

露天はおそらく40~41度くらいで私的には少し熱かったけど、それでも他は文句なし。また来たい。すばらしい。★5つ。

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明日は静岡に住んでる学生時代の友人に会う。

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本日の走行距離:104km 累計走行距離:8,964km

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2007年2月15日 (木)

鎌倉幕府から下克上へ

とりあえず最寄のIC(厚木)で高速を降りて、鎌倉方面へ。
どうせならと、少し遠回りになるけど海に出て湘南を東へ向かう。

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■稲村ケ崎
 住所  神奈川県鎌倉市稲村ガ崎
 電話 0467-23-3000(鎌倉市観光課)
 期間 通年
 営業時間 見学自由
 料金 無料
 駐車場 54台(有料)
 お勧め ★★★☆☆

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稲村じぇ~ん。初めてきた。
見ての通り、海の向こうには江ノ島、そして、さらに遠くには霊峰富士が見渡せる。

天気自体は良くて、富士山まできれいに見渡せたんだけど、この日のこの場所はとにかく風が強くて海が荒れ狂ってました。
風が強すぎて砂浜の砂が顔に思い切り当たってきて痛いし、口の中もじゃりじゃりするし、カメラのレンズは一瞬にして塩で汚れてしまう。

数枚写真を撮って颯爽と退散した。

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今日の一つ目の目的地。鎌倉。

始めて鎌倉に来たのは小学校の修学旅行。
高校の頃にも一人で旅行に来たことがあり、そのときは鎌倉から江ノ島にかけて一日かけてぶらぶら散策した。
社会人になってからも一回遊びに行ったから、これで4回目だ。

鎌倉の街はとても作りが変わっている。
上空写真などを見ればその特徴がよく分かるだろうが、車で走っていても、その自然の地形的特徴と、それに沿って形成された街並みが手に取るように実感できる。

源頼朝が、難攻不落の地としてここに幕府を置いた理由がよくわかる。

ちょうど三方を山で囲まれたその裾野に鶴岡八幡宮が建ち、もう一方である由比ヶ浜から八幡宮へ向けてまっすぐの道が一本走っている。
それが若宮大路と呼ばれる大通りである。

私は敢えて、八幡宮から離れた(つまりかなり由比ヶ浜寄りの)駐車場を探して、そこから歩いて行く。

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一の鳥居。

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この鳥居だけは、他の二つと違い白い石造りである。

【源頼朝と鶴岡八幡宮】

源頼朝がこの地に幕府を開いたのは、先に述べたように、ここが三方を山に、一方を海に囲まれた天然の要塞であるから、と昔教わったが、それ以上に重要な理由がある。

かつて、源頼朝の祖先にあたる源頼義が、康平6(1063)年、前九年の役において、戦勝祈願をした京都の石清水八幡宮を鎌倉の由比ヶ浜に勧請(※かんじょう)したのが鶴岡八幡宮の始まりとされる。

※勧請:神仏の分身、分霊を他の地に移しまつること

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二の鳥居。

           20070215_204_ss

この鳥居から先は、段葛(だんかずら)と呼ばれる車道よりも一段高い参道が三の鳥居まで続いている。
この参道は、頼朝の妻、北条政子の安産を祈願して造られたとされる。両脇は桜並木となっていて、サクラの季節にはきっとすばらしいサクラのトンネルが出来上がることが想像される。

さらには、その源頼義の子である源義家が石清水八幡宮で元服して「八幡太郎義家」を名乗って以来、八幡大菩薩は源氏一族の守護神として崇められるようになったという。

つまり、鎌倉、そして鶴岡八幡宮というのは源氏とゆかりのある地であり、頼朝はその由緒を重んじてここに幕府をおいたのである。(と、本に書いてあった)

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三の鳥居。

           20070215_206_ss

この鳥居をくぐると神社の敷地となる。
その鳥居の向こうには、太鼓橋、その向こうに静御前が舞ったとされる舞殿、その上方向には本宮の楼門が見え、その周りを山の木々が包み込むように生い茂っている。

その証拠に、鎌倉幕府を開くにあたって、頼朝はまずこの鶴岡八幡宮の造営から始めているのである。

■鶴岡八幡宮
 住所 神奈川県鎌倉市雪ノ下2-1-31
 電話 0467-22-0315
 期間 通年
 営業時間 境内自由(本殿は6:00~20:30)
 料金 無料(宝物殿は有料)
 駐車場 40台他各種駐車場(有料)
 お勧め ★★★★★

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階段の中段あたりには、鎌倉三代将軍、源実朝を暗殺するために公卿が隠れていたという樹齢1000年の大銀杏が建つ。

本殿を参拝し、ここで、恒例の(?)運だめし。おみくじを引く。
ここのおみくじは、木でできた筒状の箱を上下に数回振ると、その箱の端に開いた小さな穴から番号が刻まれた木の棒が一本出てくる、という珍しくもおみくじらしいおみくじである。

出てきた番号を巫女さんに伝えると、その番号に応じたおみくじの紙を渡される。結果は。。。

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出ちゃったよ。あぁ出ちゃったよ。
まぁこれだけ引いてたらそろそろ出てもおかしくないけどね~。。
書いてある内容をよく読み心に留め、おみくじは結んできた。

数年前に初詣に行ったときに、友人と一緒に凶を引いたとき以来だ。
まぁやっぱ珍しいからね。そういう意味ではラッキーということで。。

その後は、ぼたん苑がちょうど満開で見頃だということなので寄って行った。(有料です)

ダイジェストで。

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鎌倉は他には特に行きたいところはなかったので、進路を西へとり、いざ小田原へ。

■小田原城
 住所 神奈川県小田原市城内6-1
 電話 0465-23-1373
 営業時間 各施設は9:00~17:00
 料金 天守閣内は400円、歴史見聞館は300円
 駐車場 あり(有料)
 お勧め ★★★★★

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難攻不落の名城として名高い小田原城。
このお城は大好きで、住んでる場所から割と近いということもあり、訪れるのは今回で7~8回目と思われる。

小田原城と言えば、北条氏の居城であり、氏政の時代に上杉謙信や武田信玄の攻撃にも耐えぬいたということ、そして、豊臣秀吉がこの城を落としたことで天下統一を成し遂げたことでも有名だ。

だが、実は私は今回初めて知ったのだけど、この小田原の北条氏と、鎌倉時代に源氏三代の後に、執権としてその政治の実権を握った北条氏は、血筋的に全く関係がない。多分。

そういう意味で、北条早雲に始まる小田原の北条氏のことを、小田原北条氏とか、後北条氏とか言って区別するようだ。

基本的に私の歴史の知識は細切れで、時代と時代のつながりや流れといったものが欠落している場合が多い。
特に、鎌倉後期から室町あたりに関しては興味があまりないということも相まってイマイチよくわかってない。
足利尊氏は知っていてもどっからどういう経緯で出てきた人なのかよく知らない。とか。。

思うに、中学で歴史を学ぶ時に、必ず時代と時代の区切れのところで文化史というのを勉強すると思うんだけど、あれが歴史の流れを理解する上での弊害になっている気がしてならない。
っていうのは、歴史が苦手だった人間ならではの台詞でしょうか。。

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小田原城に関して、私が興味を持っている話だけを抜粋して記載。

【小田原城と戦国時代】

小田原城と言えば、先ほども言った北条(後北条)5代だが、その初代である北条早雲、彼はもともと、伊勢新九郎と言い、室町幕府の政所執事である伊勢氏が出自と伝えられている。

本人が北条早雲を名乗ったことは一度もなく、その名で呼ばれるようになるのは、子の氏綱が鎌倉幕府執権の北条氏の名を継いでからである。

早雲は、自分の妹が駿河の名門である今川家に嫁いだことをきっかけに、その跡継ぎ争いを利用して一城の主となってしまう。

そして、鹿狩りの勢子に紛争した兵を小田原城近くに集結させて、夜のうちに奇襲をかけて城を乗っ取ってしまうという逸話が有名であるが、その後も相模へと領国を広げていき、北条早雲によって戦国時代(下克上)が幕を開けたとも言われている。

その後の北条氏綱→氏康→氏政→氏直までが北条5代と呼ばれている。

また、先程、小田原城は北条氏政の時に、上杉謙信、武田信玄などからの攻撃でも落ちることはなかったと書いたが、甲斐の国、山梨出身の私に言わせれば(本当はNHK大河ドラマ「武田信玄」原作者の新田次郎に言わせれば)、小田原攻めをしたときの信玄には、そもそも小田原城を落とすつもりがなかったのである。

その頃関東には、反北条派の武将たちが少なからず存在していたので、信玄は、城を取る戦ではなく、かれら反北条派の武将たちの心を取る戦をしたのであり、さらには、北条軍を関東におびき出して、その後に反転して駿河を奪おうと考えていたのである。

結果的にも、武田軍が小田原から甲斐に退却していくその帰路において、北条軍と大きな戦いをするが、その際に寄せ集めでしかない北条軍からは次々と反北条派の兵が戦線を離脱し、武田軍が圧倒的な勝利をおさめた。
これが三増峠の合戦と呼ばれる戦いである。

そして、さらにその後すぐに、信玄は容易に駿府城の開城にも成功しているのである。

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余談になるかもしれないが、現在の小田原城の天守は、実はこの後北条氏時代、つまりは戦国時代の天守ではなく、江戸時代の頃の天守の復元である(今回初めて知った)。

敷地内にある歴史見聞館でも、やはり当然のように戦国時代の名城小田原城に関する説明に費やしているにもかかわらず、復元されているのは別の時代の天守って。。なんかおかしいよね。ショック。。

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いつも車で小田原城まで行っていて、小田原駅前にある北条早雲の銅像を見たことがなかったので、そこだけ寄っていく。

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私がこれまで見た中では伊達政宗の銅像の次にかっこいい。
やっぱ馬に乗ってる銅像はイイね!

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その後、さらに海沿いを西へ進む。

■毘沙門天芝の湯
 住所 静岡県伊東市芝町2-3
 電話 0557-36-3377
 営業時間 14:00~22:00
 料金 200円
 駐車場 26台
 露天 なし
 無料休憩所 なし
 ぬるめの浴槽 なし
 特記 加水 循環式
 お勧め ★★★☆☆

静岡県。12県目(1道1都10県)。
伊豆半島は温泉がたくさんある。
ここも有名。伊東温泉。

露天はないし、あまり広くはないけど、200円ナイス!
お湯はかなり熱め。
駐車場が少ないのでちょい待ちが発生してました。

夜は伊東の道の駅にて一泊。

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本日の走行距離:130km 累計走行距離:8,860km

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2007年2月14日 (水)

何も変わらない

今日は、夜、去年まで勤めていた会社の同期に会った。
本日、11県目(1道1都9県)、神奈川県に突入。

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朝、埼玉の姉夫婦の家を出て、まずはさっぱりしようと温泉へ行く。

■さいたま清河寺温泉(せいがんじおんせん)

 住所 埼玉県さいたま市西区清河寺683-4
 電話 048-625-7373
 営業時間 10:00~翌1:00(土日祝は9:00~)
 料金 700円(土日祝は800円)
 駐車場 200台
 露天 あり
 無料休憩所 あり
 ぬるめの浴槽 あり
 特記 一部源泉かけ流し
 お勧め ★★★★★

清河寺と書いてせいがんじと読む。
同名のお寺の側にある。
まだ新しく清潔感のあるキレイな温泉施設。

少し高めだが(どうも関東の温泉はどこも少し高めのようだ)、露天は結構広くて源泉掛け流し。
外は竹林に囲まれていて、街の中にある割には雰囲気はとても良い。

私好みのぬるめの浴槽もあるし、特に悪い点は見つからない。
近くに来たらまた寄ってもいいかもしれない。

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今夜は水道橋で会社の元同期と会う予定なので、東京方面へと向かう。
そして、こちらに住んでいた頃に行く機会が一度もなかった場所、上野公園を訪れる。

■上野恩賜公園(寛永寺、上野東照宮、清水観音堂)

 住所 東京都台東区上野公園池之端三丁目
 電話 03-3828-5644
 営業時間 自由
 料金 無料
 駐車場 あり(有料)
 お勧め ★★★★☆

上野動物園を含む現在の上野公園の敷地のほとんどは、江戸末期には寛永寺の境内だったのだが、上野戦争によりその建物のほとんどが焼失してしまい、寛永寺自体の敷地も大幅に縮小して現在に至っている。

寛永寺を建立するにあたっては、それまでの日本の都である京都を強く意識して、様々な布石が打たれているようだ。

まず、徳川家康が亡くなると、その神号を考えるにあたって、京都の天皇家の祖神である天照大神(あまてらすおおみかみ)に張り合って、東照(あずまのてらす)とつけ、東照宮大権現とした。

そして、京都が御所の鬼門にあたる東北方向に比叡山があり、そこに延暦寺を建立することで災いを封じたのと同様に、江戸城の東北にある上野の台地に寛永寺を建立し、その山号(※)は、東の比叡山を意味する東叡山になったという。

※寺院は元来山の上に作られたため、その山の名前を寺院に冠するようになった。結果、山でなくても"山号"という称号を付けるようになった。

なんだか、最近は戊辰戦争の話がよく出てくるが(私が意図的にそういう巡り方をしてるんだけど)、今回はその中でも大きな戦いの一つである上野戦争について簡単に説明。

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【彰義隊と大村益次郎】

まずは、上野戦争の時間軸上の位置づけだが、戊辰戦争の中での大きな戦いの流れは大体こんな感じになっている↓。

 鳥羽伏見の戦い
   ↓
 (江戸無血開城)
   ↓
 上野戦争
   ↓
 北越戦争
   ↓
 会津戦争(2月7日の記事参照)
   ↓
 箱館戦争(1月30日1月31日の記事参照)

京都に始まり、東へ、そして北へ向かっているので、私が今回辿った足あとはこの戊辰戦争の時間軸上では完全に逆に遡っている形になる。

昨日の記事の中で触れた甲陽鎮撫隊(元新撰組隊士らによる隊)の甲州勝沼の戦いは江戸無血開城の1ヶ月程前である。

そして、今回、寛永寺をその舞台にした上野戦争は江戸無血開城のおよそ1ヵ月後の話である。

新政府軍西郷隆盛と旧幕府の軍艦奉行勝海舟という二人の英雄によって、新政府軍による江戸総攻撃という最悪の事態を免れた江戸無血開城。

だが、旧幕府勢力の中には戦わずして新政府に従うことを潔しとしない人たちもたくさんいた。
その代表格と言えるのが彰義隊だった。
彰義隊はもともとは徳川将軍を護衛するために編成された隊であったが、将軍慶喜が江戸を去って水戸で謹慎となっても、江戸に残り新政府軍と小競り合いを繰り返していた。

西郷隆盛は、江戸の治安維持に関しては、勝海舟に一任していたようだが、勝海舟はもともと旧幕府の人間なので、彰義隊に対してなかなか強い姿勢がとれないでいたために、彰義隊は事実上野放し状態だったようである。

そんな中で、このままにしておけば大きな内乱にもなりかねないということで、新政府軍はついに彰義隊討伐を決め、その指揮官として、長州藩出身で、そのとき軍事を担当する役職についていた大村益次郎が任命される。

大村益次郎と言えば、それまでに考えられなかったような近代的な戦い方を考案し、長州征伐の際などにはめざましい戦果を挙げた人物であるが、この彰義隊討伐に際しても、いくつかの虚を付いた作戦をとっている。

一つは、宣戦布告のお触書である。
「5月15日、上野の寛永寺の彰義隊を攻撃する」
というお触書を、あらかじめ江戸中に布告したのだ。

これによって、江戸中に散らばっていた彰義隊を一箇所に集めることによって、戦果を拡げるのを防ぐことができ、さらに、事前通告することで、戦意の乏しい彰義隊士に逃げる余裕を与えて、少しでも人数を減らせようとしたのである。

また、戦いを短時間で終わらせるために最新兵器である、佐賀藩のアームストロング砲を導入する。

さらに、攻撃当日の布陣には、敢えて、寛永寺を完全に包囲せず、東北方面に敵の敗走路を確保させた。
この方法は、先の第2次長州征伐の折にも用いられたらしい。

完全に敵を包囲してしまうと、敵は最後の一人まで必死になって戦うため、味方側の犠牲も多数出てしまうが、敗走路を用意しておくことで、不利になった時点で敵は逃げていくため、こちらの犠牲をより少なくして勝つことができるのだという(「そのとき歴史が動いた」より)。

これら作戦の裏には、江戸中に戦いが広がることにより街が混乱し、その混乱に乗じて、欧米列強各国が侵略してくるという状態を回避するという思惑もあったようである。

そんなわけで、結局、大村益次郎の指揮する新政府軍による、寛永寺の彰義隊攻撃という上野戦争は、わずか半日(1日とも言われる)で彰義隊壊滅という形で決着が着き、これによって、江戸全域は新政府の完全な支配下となるわけである。

新政府側目線で書いてしまっているが、彰義隊は彰義隊でそれまで将軍、ひいては徳川家のために尽くして恩に報いてきたのに、いきなり江戸城に入ってきた新政府に従えって言われても、そりゃあ納得できないだろうし、彼らのとった行動はそれはそれでまっすぐで、自分たちの信念に従った正義なのである。

白虎隊にしても、新撰組にしても然りである。

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ちなみに、大村益次郎は、明治維新後も、政府幹部として、近代的な軍隊の基礎を築いていくわけだが、それは同時に刀に生きる武士の居場所をなくすことでもあり、最終的にはそれら不平士族の手によって襲撃され、その傷が元で死んでしまう。

また、これは完全に余談になるが、私が好きなマンガの「るろうに剣心」に出てくる弥彦の父親は、彰義隊に参加して、この上野戦争で(かどうかは定かじゃないけど)戦死している。

さて。
そんなわけで、寛永寺の本堂などにはお参りしていないが、上野駅に程近い場所に位置する寛永寺旧本坊表門などを見ていく。

この門はもともとは違う場所(現在の東京国立博物館の前辺り)にあったものが60~70年前に移築されたものなのだが、その周囲は上野戦争時も激戦が繰り広げられた場所であり、この門にもいくつも銃弾の跡が残っていて当時の戦いの激しさを物語っていた。

それから上野公園内をぶらぶらと散歩しながら不忍池方面へと歩いて行く。
途中、彰義隊の墓碑があるのでお参りして行く。
雨模様であることも相まってか、もの悲しい雰囲気に包まれていた。

そのすぐ近くには西郷隆盛の銅像が建っている。
これだけ有名な銅像なのに実際見るのは初めてだ。

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それから清水観音堂もお参りして(ここも京都の清水寺の観音堂を模して建てられたらしい)、上野東照宮にも行く。
上野東照宮は拝観時間が終了していた。

その参道からは、寛永寺の数少ない遺構である五重塔が見えた。

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東京にもこんな立派な五重塔があるなんて知らなかった。
この五重塔は上野動物園の敷地内にある。
だからちゃんと見たかったら動物園に行かないとならないというおかしなことになっている。

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それから時間も時間になっていたので、友人と会う水道橋へ行く。

そして久しぶりの再会。
Kッチ、Mモ、Sゲ。
もう一人、仲の良かったKヨは予定が合わず、会えなかったのは残念。

神楽坂の飲み屋で久しぶりに飲み交わした(私はいつも通りコーラだけど)。
私が退職して3ヵ月半経つけど、何も変わらない。
何も変わらず本当に楽しい時間だった。

飲みが終わった後は、KッチとSゲを送って、私は神奈川へ。
東京には、本当はもっと会いたい人はたくさんいたけど、今回は時間も制限されているので、次の目的地へ向かう。

この日は、道の駅が見つからなかったので、東名に乗り、海老名SAで一夜を過ごす。

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本日の走行距離:176km 累計走行距離:8,730km

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2007年2月13日 (火)

武士として

本日夜は、南浦和の姉夫婦宅に厄介になる。
久しぶりの温かい御飯と、そして、布団。
快適だ。

昨年10月まで住んでいた土地も訪れる。
当時お世話になっていた病院に行っただけだが。

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それ以外で今日行った場所はここだけ。

■近藤勇陣屋跡
 住所 千葉県流山市流山2-108
 電話 04-7150-6085(流山市観光協会)
 期間 通年
 営業時間 見学自由
 料金 無料
 駐車場 なし
 お勧め ★★☆☆☆

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近藤勇と土方歳三が袂を分かった地であり、近藤勇最期の地、下総流山。
現在ここには、それがわかるように石碑が建っているのみである。

この地に関する簡単な歴史の概要だけ記載しておく。

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【戊辰戦争と新撰組】

池田屋事件、禁門の変、と大活躍をして、異例の大出世をした新撰組であったが、鳥羽伏見の戦いでは倒幕軍に敗北し、新撰組他旧幕府軍は江戸へと敗走する。

そして、京都を占領した新政府軍は今度は江戸へと東征してくる。
その際、近藤勇は旧幕府高官に対して、出撃の上申をして、甲陽鎮撫隊として、甲府へ進軍するが、途中甲州勝沼の戦いで、新政府軍の近代的な軍隊に大敗する。

近藤勇は新撰組副長である土方歳三他数名の隊士と千葉流山へと逃れるが、間もなくして、陣屋は新政府軍の軍隊によって包囲されてしまう。

ここで、近藤勇はもはやこれまでと切腹する覚悟をする。
だが、土方歳三が、それでは犬死だとこれを止め、いったん出頭して言い逃れて機会を伺うべきだと提案する。

そして、近藤が出頭している間に土方は脱走。
これが、この二人の永遠の別れとなる。

その後、土方は東北へ向かい会津戦争、そして箱館戦争を経て、箱館で非業の死を遂げる。(それについては、1月30日1月31日の記事を参照)

一方、近藤は新政府軍本陣に出頭して、自分は大久保大和であるとして素性を隠そうとするが、新政府側に近藤を知る者(元新撰組隊士)がいたために見破られてしまう。

近藤に対して下された裁きは。。。斬首。
武士ならば最期は切腹。本来ならば、それが当然だろう。

だが、会津戦争の記事のときにも触れたが、新政府は新撰組には強い恨みを抱いていたので、武士としての切腹ではなく、あくまで天皇に背いた逆賊、罪人としての斬首を申し渡したのである。

斬首された近藤の首は、かつて新撰組がその名を轟かせた京都の三条河原にてさらし首とされた。

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近藤勇は、とにかく君主、すなわち徳川家に最後まで尽くして戦い続け、最期も武士として潔く死んでいく。
武士にとって無念の斬首という最期にもかかわらず、辞世の句では、例え斬首であろうと君主の恩に報いる武士として喜んで死んでいこう、というようなことを言っているのである。

不器用ではあるけど真っ直ぐに信念を貫き通す、近藤勇のそういう生き様こそが、現代になって愛され続けている理由のひとつなのかもしれない。

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本日の走行距離:93km 累計走行距離:8,554km

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2007年2月12日 (月)

非日常というわくわく感

今日は、急遽友人と会うことになったので、羽田空港に向かいつついろいろ寄り道していく。

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まずは、昨晩泊まった道の駅「たけゆらの里 おおたき」でちょっと買い物をしてから、すぐ近くにある大多喜城へ行く。

道の駅の名前からもわかるように、ここ大多喜は竹の名産地で、城に向かう途中も至るところに竹林が生い茂っていた。

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■大多喜城(千葉県立総南博物館)
 住所 千葉県夷隅郡大多喜町大多喜481
 電話 0470-82-3007
 期間 通年
 営業時間 9:00~16:30
 料金 天守閣(博物館)内見学200円
 駐車場 70台
 お勧め ★★★★☆

           20070212_784_ootaki_filtered_m

大多喜城は少し山を登ったところにある平山城。
訪れるのは2度目。

歴代城主として有名なのは徳川家康の家臣、本多忠勝。
現在の天守は、昭和50年に復元されたもので、中は博物館になっている。
中は前回来たときに見学したので、今回は、外観のみ見て写真を撮る。

天守の傍らには、しだれ梅がキレイに咲いていた♪
天気も良く、今日は一日温かく気持ち良かった。

写真を数枚。

           20070212_658767_ootaki_filtered_s_mix

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大多喜城を後にして、次は同じく大多喜町内にある養老渓谷へと足を運ぶ。

■養老渓谷(粟又の滝)
 住所 千葉県夷隅郡大多喜町粟又地先
 電話 0470-82-2111(大多喜町商工観光課)
 期間 通年
 営業時間 見学自由
 料金 無料
 駐車場 あり500円(この日は無料)
 お勧め ★★★★★

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ここには、飲み屋の名前の元にもなっている養老の滝がある。
マイナスイオン全開だーぁ♪

養老の滝の本当の名前は、粟又の滝と言い、落差30m、全長100mという長いなめ滝だ。
なめ滝というのは、普通の滝と違って、その名の通り、岩をなめるようになだらかに流れる滝のことである。

穏やかな木漏れ日の中、静かな滝のせせらぎを聞きながら、滝の横の小道を下っていく。とても癒される。

           20070212_857_yoro_filtered_s

これが滝の一番下。
写真ではとても伝わりにくいだろうけど、かなり横幅も大きく奥行きもあるので結構ダイナミックだ。流れは穏やかだけどね。

いつもはなるべく人が写り込まないような構図を探すけど、この写真は敢えて右端に人を入れて滝の大きさを伝えようとしたけど、多分あまりわからないだろう。。

           20070212_869_yoro_filtered_s

流れている水自体もとてもきれいで透き通っていた。
この写真は上下を逆さにしてある。
水そのものというより、水面に写った木や空がきれいだったから撮った。

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その後、東京方面へと房総半島を横断していくが、途中でまたお城があったので寄っていく。

■久留里城
 住所 千葉県君津市久留里内山
 電話 0439-27-3478(久留里城址資料館)
 期間 通年
 営業時間 9:00~16:30
 休業日 月曜、1・2・12月の祝日
 料金 無料
 駐車場 130台
 お勧め ★★★☆☆

養老渓谷から数十分のところにある山城。
駐車場から結構な距離を歩いて登っていくと山のほとんど頂上に建っている。
もう少しで天守閣、というところで

           20070212_904_ss  

なるほど。立ち入り禁止ね。
ふーんと、一応読んではみたものの、ロープを跨いでせっせと山道を登っていく。
あった。天守。。。

           20070212_913_s

わかってはいたけど。
ここまで布に覆われているとは。。

誰もいなかったから、布の中に入ってちょっと工事のはしごから登って中を覗いてみるとこじんまりとした内装で、写真などの展示物が並んでいた。

ここは山の頂上だけあって、眺めはとてもいい。

           20070212_918_kururi_filtered_s

また、儒学者の新井白石が青年期をこの久留里で過ごしたということで、天守から少し下に降りたところに銅像があった。

それから、久留里城を出て、久留里の町中を走らせていると、至るところに井戸があることに気付く。

            20070212_944_ss

道の両脇に結構な数の井戸があって、水が湧き出ていた。
どうやらこの辺は自噴井戸で有名なようだ。

先ほどの久留里城が、別名「雨城(うじょう)」と呼ばれることからもわかるように、この辺は日本でも有数の多雨地帯で、大量の雨水が地下水となり、浸透性の高い関東ローム層の砂地を長い年月をかけて流れ、自然浄化された末に、この地方から自噴するらしい。

そんなわけで、そのミネラル豊富な井戸水を私ももらっていくことに。
なんか水を入れる容器ってあったっけなー。。と。
あったあった。こんな時にもってこいの最適な容器が。

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じゃーん。
トマムでバイトをしていたときに、送別会の飲み屋でみんなからもらったものだ。
おもいきり鏡月って書いてあるけど、中は空だからこれに入れた。

飲んでみると、おいしい。
ほのかに焼酎の香りも残ってるようでそれがまた良い。
でも、私はお酒にめっぽう弱いからあまり飲まないようにしないと。
さすがに飲酒運転にはならないだろうけど。。

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さてさて。
このまま羽田空港に向かっても良かったけど、少し時間的に余裕がある(友人が乗るのは夜8時の便)から、温泉に寄っていく。

■湯の郷 かずさ
 住所 千葉県木更津市潮見5-7-1
 電話 0438-30-2345
 営業時間 10:00~24:00(祝日は9:00~)
 定休日 無休
 料金 700円(土日祝は1000円)
 駐車場 210台
 露天 あり
 無料休憩所 あり
 ぬるめの浴槽 あり
 特記 加水 加温 循環式
 お勧め ★★★☆☆

木更津にある温泉施設。
ちょっと高い。

でも、アロマテラピー風呂みたいのとか、洞窟風呂っていう薄暗い風呂とか、低温風呂(ほとんどプールな感じ)とか、いろいろユニークな浴槽があって目新しかった。

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羽田に着いたのは夜7時くらいかな。

空港ってなんかわくわくする。
みんなこれからどっかに遊びに行くぞーって雰囲気がおもしろい。
もちろん仕事の人とか遊びの帰りの人もたくさんいるんだろうけど、飛行機に乗ってどっか行くって普段そんなに頻繁にないから、その非日常感がわくわく感を誘発するのかもしれない。

ま。私は見送りですが。。

ちょうど友人Sさんも同じくらいに着いたようだったので、一緒に空港内のレストランで夕食を食べることに。

彼女とは会社を辞める少し前に東京で会っているので、数ヶ月振りくらい。ということでお互い近況報告など。

Sさんは大学時代の友人で、大学卒業以来はずっと東京にいたんだけど、今年から新しい道を目指して、実家がある札幌に戻るとのこと。

このブログでも何度かコメントしてくれている。

彼女の前だと、私は自然と素の自分で話をすることを余儀なくされる。
彼女には私のかっこう悪い部分が完全にバレているので、自分を作る意味がないためだと推察される。

■アカシア羽田空港第2ターミナル店
 住所 東京都大田区羽田空港3丁目4-2(第2ターミナル4F)
 電話 03-6428-9511
 営業時間 10:00~22:00
 定休日 無休
 料金 ロールキャベツ2貫+御飯=850円
 駐車場 羽田空港の駐車場を利用(有料)
 お勧め ★★★★☆

ロールキャベツが名物だったので、それを注文。うまい。うまいなー♪
クリームシチュー仕立てでちょっと今まで食べたことがあるロールキャベツとは違う感じ。

この店はSさんに教えてもらったんだけど、行列ができるくらい有名なお店みたい。

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Sさんを見送った後は、今晩の宿である道の駅を探す。けど。。
東京って道の駅が全然ない。
まぁ、そりゃそうかーそんな土地に余裕ないもんね。。
八王子にひとつあるみたいだけど。

で。埼玉の川口にある道の駅へ向かう。

途中どこにも寄るつもりはなかったけど、ちょうど通り道にあたる場所で、写真だけちょっと撮る。

           20070212_968972_tokyosta_edi_filtered_s

東京駅。
まぁ、なんてことないんだけど、日本一周の通過点の一つとして写真くらい撮っといてもいいかなーと思ったので。

それからもう一つ。
ここもよく通ることはあったんだけど、ちゃんと歩いたことや写真を撮ったこともなかったので。

           20070212_979983_nihonbashi_filtered_s

日本橋。
いわゆる五街道と呼ばれる道すべての始点となっている。
そのおかげで昔から商店がいくつも軒を並べ、それが現在では三越や高島屋といった百貨店となっている。

現在は、真上に首都高が走っているために、ちょっと窮屈な感じがしないでもないけど、再び空が見えるように首都高を地下に移す計画もないでもないらしい。
けど、それを実行に移すと予算だけで5000億円かかるとか(Wikipediaより)。

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本日の走行距離:202km 累計走行距離:8,461km

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2007年2月11日 (日)

湖岬海

今日はなんか外が騒々しくて目が覚めた。

昨夜はほとんど車がなかった駐車場がほぼ満車。
外に出てみると、道の駅の建物の前に簡易的なテント小屋ができていて、そこで何やら配っている。

コイだ。

ここ。あ。ここは霞ヶ浦湖畔の道の駅なんだけど。。。
ここ霞ヶ浦ではコイの養殖が有名で、ここで捕れたコイの甘煮をチャリティーで無料配布していたのだ。

そんじゃ。ってことで、100円だけ募金して1パックもらった。

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これは、結局、晩御飯に食べたんだけど、結構おいしかった♪
コイを食べたのは初めてで、なんか生臭そうなイメージがあったんだけど、煮付けだったからか、ぜんぜん臭みはなくって、歯ごたえもよくて意外においしかった。

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とりあえず、昨日は夜で湖も見れなかったので、湖畔を軽く散歩。

■霞ヶ浦
 住所 茨城県南東部~千葉県北東部
 電話 0299-36-2781(道の駅たまつくり)
 営業時間 自由
 料金 無料
 駐車場 あり
 お勧め ★★☆☆☆
 特記 日本三大湖

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日本第2位の面積をほこる。
第1位は琵琶湖。第3位はサロマ湖(北海道)。
サロマ湖は行ったから、あとは琵琶湖で3大湖は制覇だな。

水はあんまりキレイではなかった。
あと、風がやたら強くて寒い。。

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これはまた別の湖岸なんだけど、雨が降って増水してるわけでもないのに、見ての通り茶色く濁って波がガンガン打ち寄せてました。。
何にも柵とかないし、結構キケン(>_<)だ。

その後は千葉県は犬吠埼(いぬぼうさき)を目指して南下。
千葉県。。。そう。早くも8県目(1道7県目)に突入。

結局、茨城は霞ヶ浦しか見てないけどね。。
偕楽園も袋田の滝も行ったことあるし。
あとは、日本三大稲荷の笠間稲荷神社はまた今度来ましょうって感じで。

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茨城最後に

■波崎海岸(はさきかいがん)
 住所 茨城県神栖市波崎字豊ヶ浜
 電話 0479-44-1111(神栖市波崎総合支所)
 営業時間 自由
 料金 無料
 駐車場 数百台
 お勧め ★★★☆☆

           20070211_366_hasakikaigan_filtered_s

ここは茨城の最南東端辺り、つまりは犬吠埼(銚子)の手前、利根川を渡る前にある海岸。

とりあえず天気がいいねー。
昨夜は雷鳴ってたけど晴れて良かったー♪

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そして。利根川渡って。千葉。

千葉こそ、この旅出る前に住んでたから行くところほとんどないんだけど、犬吠埼は行ったことなかったところなので。

■犬吠埼(いぬぼうさき)
 住所 千葉県銚子市犬吠埼9576
 電話 0479-25-8239
 営業時間 
 定休日(灯台) 無休
 料金 灯台150円
 駐車場 300円
 お勧め ★★★★☆

           20070211_468_inubosaki_filtered_s

犬吠崎ではなくて犬吠埼。
日本で一番最初に日の出を拝める岬。
名前の由来は諸説あるみたいだけど、源義経の愛犬「若丸」が、ここに置き去りにされて、主人を想うあまり7日7晩吠え続けたからこういう名がついたとか(Wikipediaより)。。

ここは

           20070211_381_s

こういう感じで下まで降りられるようになっている。
ちょっと風が強くて波も高かったけど晴れてたから、結構暖かくて風も気持ちいい程度。

さすが世間は三連休。
観光客であふれかえってた。
これまでは、岬って言えば、人がいないってイメージだったのに。
関東圏に入ってきたからってのもあるのかな。

ここを出たあとは、海岸沿いに九十九里浜をずーと南下していったんだけど、今日はとにかく途中いくつも海岸・砂浜に立ち寄りまくって、海の写真もかなり撮った。300枚以上。
やっぱ海はイイねー!テンション上がる。

ダイジェストで。

        20070211_372633_sss

だんだん暗くなっていってるのがわかると思います(^^;。

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途中、温泉にも立ち寄る。

■かんぽの宿 旭九十九里温泉

 住所 千葉県旭市仁玉2280-1
 電話 0479-63-2161
 営業時間 9:30~20:00(受付は~20:00)
 料金 800円(土日祝は1000円)
 駐車場 200台
 露天 あり
 無料休憩所 なし
 ぬるめの浴槽 なし
 お勧め ★★★☆☆

簡易保険加入者のための施設だけど誰でも利用可。
でも、ここはかなりプール臭くて(塩素ね)、温泉って感じじゃなかった。

浴槽のいたるところにボタンがあって、それを押すとジャグジーが起動する仕組みになっていた。
それはそれでおもしろいけど。。

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日が沈んでからしばらくすると西の空がめちゃくちゃきれいに夕焼けしてたんだけど、車を停めて写真を撮れそうな場所がなかなか見つからなかったので、ぐずぐずしてたらこんな感じ。

           20070211_646_filtered_m

完全にチャンスを逃がした。。。もっとずっときれいだったんだけどね。
まぁ、夕焼けはこれからも撮れるチャンスが訪れるかな。
特に日本海側に出たときには夕焼けに期待。

明日はもう東京入るカモ。
って。東京はもういいんだけどね。。
友人に会う約束もあるし。そっちがメインかな。

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本日の走行距離:180km 累計走行距離:8,259km

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2007年2月10日 (土)

世界遺産なんつって

今日は天気も悪くて、イマイチ気分が乗らなかったんだけど、結局、日光東照宮へ行くことに。

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途中、温泉に寄っていく。

■東照温泉 旅籠福田屋(はたごふくだや)
 住所 栃木県日光市大渡624-4
 電話 0288-21-8876
 営業時間 10:00~21:00
 料金 600円(土日祝は700円)
 駐車場 200台
 露天 あり
 無料休憩所 あり
 ぬるめの浴槽 なし
 特記 源泉かけ流し
 お勧め ★★★★☆

ここは日光市に入ってすぐ、鬼怒川温泉に程近い場所にある温泉。
ちょっと割高だけど、落ち着いていて露天も結構広いのでなかなか良いです。

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日光東照宮。
徳川家康を祀った神社である。

■日光東照宮
 住所 栃木県日光市山内2301
 電話 0288-54-0560
 営業時間 8:00~16:30(11~3月は~15:30)
 料金 1300円
 駐車場 150台(500円/日)
 お勧め ★★★★☆
 特記 世界文化遺産(日光の社寺)

ここに来るのは3度目。
いつも東照宮しか見ないから今回は二荒山神社と輪王寺もお参りして行こうと思ったら、東照宮だけで1300円(>_<)、そんなにしたっけ!
それ支払ったらなんと財布の中身は300円足らず。。。

危うく東照宮も見れないところだよ。
前述したとおり今日は気分が乗らなかった(たまにこういうときがある)ので、お金を下ろしに戻ることもせず、今回も東照宮だけ参拝することに。

           20070210_222_gojuu_filtered_s

五重塔ですね。
まず入り口の鳥居をくぐるとこの五重塔が出迎えます。
周りには杉の木が生い茂っていて、五重塔の赤い装飾とのコントラストがキレイ。

           20070210_232_sansaru_ss

はい。
これが有名な三猿で、左から「怯えざる、やる気ないさる、やけに左腕が長いさる」です。
うそです。

           20070210_236_ss

「見ざる言わざる聞かざる」ね。
これは「神厩(しんきゅう」という建物にある彫刻。
神厩は、家康が乗ったという馬の厩舎。

この猿の彫刻は見ざる言わざる聞かざるだけが有名だけど、上の二つは、実は合計8種類ある彫刻のうちの二つ。
それら8種類の彫刻は、猿が馬の健康安全を守るという信仰の元に彫られたもので、左から右に向かって順に、生まれてから死ぬまでの一生のストーリーになっているらしい。
でも、そのことは後で知ったから結局ちゃんと見なかった。。。

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           20070210_260_toshoguu_filtered_s

これは最も有名な陽明門。
日光東照宮というと必ずこの門の写真が出てくる。

当時の技術の集大成とも言えるこの門には、なんと500以上の彫刻がある。

一際目を引くのが竜なのだが

           20070210_265_kirin_edit_s

これは門の上の方の額の両側に彫られているもの

        20070210_275_ryuu_edit_s

これはもう少し下の白い横木に彫られているもの

どれも同じような竜に見えるけど、実は普通の竜は下の写真の真ん中に彫られているものだけで、上の写真の額の両側にいるのは、麒麟だ。キリンビールの麒麟。これには竜のような鱗がない。

下の写真の両側にいる、正面を向いているのは竜ではなく竜馬。
だから足に爪ではなく蹄がある。

このようによく観察するとそれぞれが違った特徴を持っているので、その違いを見ていくだけでもおもしろい。

が。
実は、私はそういうことは後から知ったので、ここを訪れたときはその辺に注意して見ていなくて、この記事を作成するときに写真で確認したのだ。。
写真がお粗末なのはそのためである。。。

ここには記載しないが、これら彫刻や建物には他にもたくさんの工夫が凝らされていて、そのことを事前知識として知っているといないでは、楽しみ方も段違いだろう。

世界遺産なんつったって、特に知識もないまま来ちゃうと、あぁ彫刻がたくさんあるねーキレイだねー細かいねー程度で終わっちゃうんだよね。。
で、終わっちゃったんだよね。。。

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あとは、眠り猫とか鳴竜とかいろいろ有名なものも一通り見て、200段程度の石段を登ったところにある奥社(おくしゃ)の拝殿(はいでん)もお参り。

ここには宝塔(ほうとう)という高さ5メートル程度の石の塔があり、そこに家康の神柩(しんきゅう)、つまりは遺骸が祀られている。

この一番高いところにある奥社でおみくじをひいた。
出たのは「上吉」。

前回来た時と一緒だ。
前回も全く同じところでひいて、初めて「上吉」というものをひいたのでよく覚えている。大吉の次にいいらしい。

上吉だけあって書いてあることもすべていいこと尽くし。
旅行も「早く行くが良い」だってさ♪

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その後は特にどこも寄らずに(華厳の滝や中善寺湖さえも)、一直線に霞ヶ浦へ。そろそろ海側に出たくなったというだけ。

明日は海岸沿いだから晴れるといいんだけど。
現在かなり強く雨が降っていて、さっきは雷まで鳴っていたから明日が心配だ。。

あ。ちなみに、霞ヶ浦なので、本日、7県目(1道6県目)、茨城県に突入である。

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本日の走行距離:200km 累計走行距離:8,079km

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2007年2月 9日 (金)

オイルショック

昔、オイルショックという事件を社会で習った。

そのとき、その影響でトイレットペーパーを買い漁る主婦達の写真ってのも教科書に載っていて、なんで原油が高騰したらトイレットペーパーを買い漁るのだろうと、子供心に不思議に思ったものである。
(不思議に思っても質問するほど好奇心旺盛な子ではなかった)

原油→紙。
つながらない。
全然つながらない。
いったい何つながりなんだろう。と。

その疑問は。。。
実は今だによくわかってなかったりする。。。

今日の話はその話とは全く関係ないことを念のため最初に断っておく。

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今日は例によって(?)観光しない日。休日だ。

休日と言っても何もせずにぼー。としてるわけじゃなくて、髪を切りに行ったり、車のオイル交換に行ったり、また何かと買い物したりと過ごした。

以前記事にも書いたが、実はこの旅に出る前にエンジンオイルを交換してもらったときに、エンジンの接合してる部分の隙間から少しずつオイルが漏れているから気をつけろ!(とは言われてないけど)みたいなことを言われていたのだ。

そんで今回もその辺をチェックしてもらったんだけど、やっぱり結構エンジンから漏れてるから気をつけろ!(とは言われてないけど)みたいなことを言われた。
そんで、気休めだろうけどオイル漏れ防止剤みたいなやつも一緒に入れてもらった。
ダイジョブかなぁ。まだ先は長いからちょっと心配。。

これでエンジンがイカれたらショックだよなー。
エンジンがオイル漏れが原因でイカれたらショックだよなー。
オイル漏れでイカれたらショックだよなー。
「オイルショック」だよなー。
・・・・・。

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今日はなんだか朝からずっと頭痛がする一日だった。
1月27日に札幌出てからずっと車中泊だけど、そろそろ疲れがきてるかもしれない。やっぱそんなに寝心地よくないしね(^^;。。

朝はあまり体調も良くなかったし、目を覚ますため温泉へ。

■黒羽温泉 五峰の湯
 住所 栃木県大田原市堀之内674
 電話 0287-59-7010
 営業時間 10:00~21:00
 料金 500円
 駐車場 200台
 露天 あり
 無料休憩所 あり
 ぬるめの浴槽 なし
 特記 一部源泉かけ流し
 お勧め ★★★★☆

昨日、友人に勧められたもう一つの温泉。
ここは、露天風呂から、那須岳・大佐飛山・高原山・女峰山・男体山の 五峰が一望できることからこの名がついたらしい。
が。今日は天気が良くなくて、曇っていたので山は何も見えなかった。。残念。

でも、温泉自体は昨日の太陽の湯と違って、すいていてとても落ち着いた雰囲気で、清潔感もあり、景色も良かったので、同じ★4つでもこちらの方がずっといい。という感想。

ちなみに駐車場にはかなり車が停まっていたにもかかわらず、温泉にはほとんど人がいなくてどういうことかと思ったけど、休憩所がかなり広くて、そこにおじいちゃんおばあちゃんが楽しそうに御飯やおやつを食べながら談話していた。
地元の人たちの憩いの場になっているようだ。

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夜は、昨日のとは別の白河ラーメンを食べたくなったので白河まで行ってきた(悪い癖だ)。

ってことで、一度通過した県に逆戻りしたのは初めて。

■火風鼎(かふうてい)
 住所 福島県白河市鬼越44-16
 電話 0248-22-8314
 営業時間 11時~19時(平日は売切れ次第閉店)
 料金 究極のチャーシューメン880円
 駐車場 20台
 お勧め ★★★★☆

            20070209_180_kahuutei_ss

ここは「究極の」チャーシューメンって言ってるけど、言うほどチャーシューに特徴がある感じではなかった。おいしいけどね。

むしろおもしろかったのは麺だ。
(だったら麺を写真に撮れって?。ねぇ。。)

麺が明らかに手打ちなんだけど、なんかとてもイビツ。で、なんかねじれてる感じ。
しかも麺の太さも長さがもバラバラで基本的にすごい短い。

そんで、麺の形がイビツなせいか、食感も変な歯ごたえで、「麺」という概念から逸脱した印象を受けた。(あ。これ言いすぎ)

スープは透き通ったあっさり系のよくある感じなんだけど結構おいしかった。徐々にあっさり系スープに舌が慣れてきてるのかも。いい意味で。

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寝床は、また大田原に戻って昨日と同じ道の駅。
友人宅以外での同じ場所への滞在は函館以来か。。

ここからだと、明日は日光。東照宮(世界遺産)か。。
茨城に入って、水戸。偕楽園(日本三名園)か。。
あとは袋田の滝(日本三名瀑)とか。。

どこも行ったことあるからなぁ。
社会人の頃、千葉に住んでいたから、この辺は遊びに来るのにちょうどいい距離だったんだよね。。

さーて。どうしよっか。なー。Zzz…

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本日の走行距離:121km 累計走行距離:7,879km

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2007年2月 8日 (木)

つひに関東圏へ

はい今日は栃木県に入ります。

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出発は昼前くらい。
最近、朝でも寝袋に入っている限りはもう寒くない程度だから、なかなか起きられなくなってきた。。

せっかく喜多方だしっ。
昨日に引続き喜多方ラーメンを食べて行くことに。

■さくら亭
 住所 福島県喜多方市押切南1-169
 電話 0241-23-0757
 営業時間 11時~20時(木曜は~14時)
 料金 さくらさくらーめん550円
 駐車場 10台
 お勧め ★★★☆☆

           20070208_953_ss

これは、さくら亭って店の、その名も「さくらさくラーメン」。。
その名の通り、桜の花の塩漬けがトッピングされているのが特徴。
桜おいしいおいしい♪

ラーメンは。
麺はやっぱり太めの平打ちのちぢれ麺。
どうやら喜多方の特徴はスープというよりもこの麺みたい。

このさくらさくラーメンは塩ラーメン。
まぁまぁおいしかったかなー。
でもやっぱこの麺は好きになれませんでしたー。すんません。ごちそうさま。
 
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さて。
いざ栃木を目指して南下していくと再び通るのが

■鶴ヶ城(会津若松城)
 (情報は昨日の記事を参照。但し評価は別)
 評価 ★★★★★

結局また来ちゃいましたねー。
だってさ。今日超天気良かったんだよねー。
これはもうお城日和でしょ!ってことでね。

           20070208_041_tsuruga_filtered_m

天気サイコー♪
青い!空が青い!
そして鶴ヶ城の白い壁が青い空に映えるねー。
昨日のちょっと憂鬱な感じの鶴ヶ城も悪くなかったけど(^^;、やっぱこの城(白)は青空が似合うね。

昨日は★4つだったけど今日は5つ。
訪れた場所の評価って、その日の天気にも大きく左右されるよねーやっぱ。

           20070208_074_tsuruga_filtered_m

そりゃ逆光だろうが何だろうが撮りますよー。
レンズ汚れてるのがバレるとかバレないとかもうそんなことどうでもいいのだ。

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その後南下を続けると近くにあるのが

■大内宿(おおうちじゅく)

 住所 福島県下郷町大内山本
 電話 0241-68-3611(大内宿観光協会)
 営業時間 ?
 料金 300円(駐車場)
 駐車場 あり
 お勧め ★★★☆☆

           20070208_150_oouchi_filtered_s
 
大内宿と言って、江戸時代初期に、会津西街道(会津と日光を結ぶ街道)の宿場町として栄えた小さな集落で、重要伝統的建造物群保存地区ともなっている。

この通りは、物資の輸送路としても使われたけど、会津藩主も参勤交代でこの街道や大内宿を利用したとのこと。
 
茅葺屋根の家が整然と何十軒も並んでいて、歩いていると何ともノスタルジックな不思議な感覚にとらわれ、両サイドの家の中には、郷土料理や昔なつかしのおみやげ品(民芸品)なども売っているので、それらもより一層この街道のかつての面影を想起するのに一役買っている。

なんか今週末雪祭りみたいで、道の両脇にわ雪像用の雪の塊が板で囲まれていくつも建っていた。なんかタイミング悪いよなー。鶴ヶ城のなんとか祭りも今週末だったみたいだし。。

ここでは、久しぶりにフィルムカメラを持ち出してたくさん写真を撮った。きっとフィルムカメラ独特の風合いがマッチしそうな風景だ。

でも、デジカメ癖がついていたので、あっと言う間にフィルムがなくなってしまったけど。。

           20070208_169_oouchi_filtered_ss

あ。とか言って、これはデジカメですが。。

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その後は東方向へ進み、五街道のひとつでもある奥州街道の、終点の街白河へ。

白河と言えば。
よく知らなかったけど、最近は白河ラーメンというのが有名になりつつあるらしい。(ほんとかなぁ)

そんじゃま、食べてみるしかないよね。

■喜楽(きらく)
 住所 福島県白河市昭和町166-1
 電話 0248-23-5575
 営業時間 11:30~14:00、17:00~20:00、土日祝は11:30~20:00)
 料金 チャーシューメン750円
 駐車場 10台
 お勧め ★★★★☆

           20070208_177_ss

って、また贅沢になってきてる。。やばいなー。お金ないよぉ。

ここは、白河ラーメンの中でもちょっと変り種。
店主は、かつてフランス料理国際大会日本代表最終選考まで残ったことがあるシェフ。。。って、よくわからないけどすごいんだよね。多分。。

フランス料理のシェフが作るだけあって、スープはどことなく上品な味付け。どことなくフレンチのかほりも。。どことなく。。。なにげなく。。。さりげなく。。。

でも実際すごい丁寧な感じで、いろいろと工夫されてるなーっていう味。
今まで食べた中だと、札幌の欅が近い感じだったかなぁ。食後感が。(食後感ってコトバある??)
スープだけでもおいしかったから、めずらしくスープはほとんど飲み干しました。
 
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あとは南下あるのみ。
と言っても、白河はもう福島の南端に位置してるので、少し走るともう栃木県。6県目(1道5県目)!

那須町を通り過ぎて、大田原市へ。
ここは、ちょっと縁があり、昔友人が住んでいたので一度来たことがある。

そんなわけで、その友人に電話で近くにある温泉のことを聞いてみて、行ったのが

■大田原温泉 太陽の湯
 住所 栃木県大田原市中田原593-3
 電話 0287-24-2525
 営業時間 10:00~22:00
 料金 700円(平日17時以降は500円)
 駐車場 150台
 露天 あり
 無料休憩所 あり
 ぬるめの浴槽 あり(露天)
 特記 一部源泉かけ流し
 お勧め ★★★★☆

今まで行った温泉の中では一番若い人が多かったかもしれない。
温泉施設だけど、大衆浴場的な雰囲気でとても混んでました。

でも浴室は結構広かったし、内風呂も何種類かあって、露天もそこそこ広くて、ぬるめだったのでのんびり温まりました。

ホントは「五峰の湯」ってとこの方がいいらしいんだけど、そこは少し離れているようなので明日行くことに。

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本日の走行距離:181km 累計走行距離:7,758km

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2007年2月 7日 (水)

愛しき日々

今日は進路を西へとり、兼ねてより訪れたいと思っていた地、会津若松へと向かう。

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途中、猪苗代湖(いなわしろこ)という湖を通るのでちょっと寄り道。

■猪苗代湖

 住所 福島県耶麻郡猪苗代町
 電話 0242-62-2117(猪苗代町商工観光課)
 期間 通年
 営業時間 見学自由
 駐車場 あり
 お勧め ★★☆☆☆

           20070207_758_inawashiro_filtered_ss

湖畔にはカモと白鳥が飛来していた。
宮城に入ったあたりから天気に恵まれ昨日まで割と暖かかったので油断していたが、今日は曇り空で、風がかなり強かったため、湖は大きな波が立っていて、とても寒かった。

ここには長居せずにさらに西へ向かい、まずは会津若松の中でも東寄りにある飯盛山の麓に寄っていく。

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■飯盛山・白虎隊記念館
 住所 福島県会津若松市一箕町八幡字弁天下33
 電話 0242-24-9170 
 営業時間 8時~17時(12月~3月は8時30分~16時30分)
 休館日 年中無休
 料金 400円
 駐車場 無料
 お勧め ★★★★☆

会津若松と言えば、会津戦争(戊辰戦争)。
そして、会津戦争と言えば、白虎隊。である。

ここで簡単に白虎隊について触れておく。

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【鶴ヶ城(会津若松城)と白虎隊】

多くの悲劇が生まれてしまった戊辰戦争だが、会津藩、そして白虎隊の最期ほどつらく悲しい悲劇として、後世に語られた歴史はなかなかないだろう。

戊辰戦争については、その最後の舞台となった箱館戦争に関して、過去の記事(江差の開陽丸を訪れた1月30日)で触れたことがあるが、ここ会津で繰りひろげられた旧幕府軍(会津藩)と新政府軍との戦い(会津戦争)は、箱館戦争よりも数ヶ月前に起こった戦いである。

会津藩は、戊辰戦争の始まりである京都、鳥羽伏見の戦いから旧幕府の中心勢力として戦ってきたため、朝敵(朝廷、つまりは天皇の敵)とみなされ新政府軍から徹底的に攻撃される。

そもそも、ここまで会津藩が薩長の仇敵として睨まれたのは、幕末に会津藩主松平容保が京都守護職に任命され、その配下にいた新撰組や京都見廻り組によって、薩長の尊攘派や討幕派の志士が京でたくさん殺されてきたので、彼らの恨みをより強く買ってしまった、という経緯があるわけだ。

新政府から会津藩討伐を命じられた仙台藩や米沢藩も、そんなただの私怨で会津藩をつぶそうとする新政府はけしからん、ということで逆に会津と手を組んで奥羽列藩同盟(後に北越諸藩も加わり、奥羽越列藩同盟となる)を結び、会津ともども新政府に対して徹底抗戦する道を選ぶことになる。

そんなわけで、新政府軍の会津への進軍に対し、各地で抗戦して防いでいたのだが。
慶応4(1868)年、8月21日。
鶴ヶ城東側の山を越えて突如現れた新政府軍に会津領への進入を許してしまう。
新政府軍が仙台に進軍していくと思っていた会津藩は、鶴ヶ城下の守りを手薄にしてしまっていたのだ。
その結果、他の各方面の防備のために戦力を割いていたため、城下に残った数少ない兵だけで新政府の大軍と戦う状態に追い込まれる。

ここで登場するのが白虎隊である。
そもそも15~17歳からなる白虎隊は予備兵力として編成された部隊だったのだが、それを投入しなければ守りきれないほど城下の兵力が不足していたわけである。
(※本当は白虎隊は16~17歳なのだが、15歳なのに16歳と年齢を偽って入隊した者もいた)

出撃を命じられた白虎隊は、今こそ自分たちが主君のために忠義を果たすときぞと意気揚々と鶴ヶ城下を出て行くわけだが、それからおよそ36時間後に、生き残った20名の隊士全員が自刃するという悲しい最期を遂げることとなってしまう。

鶴ヶ城を出た白虎隊は、途中小隊長とはぐれるも、前線である戸ノ口原で新政府軍に対して攻撃をしかける。
だが、新政府軍の近代兵器と圧倒的な物量の攻撃に手も足も出ず、全員退却を余儀なくされてしまう。

退却した白虎隊士は、このまま敵の捕虜になるくらいならば、ここで武士の節義を全うしようと一度は自刃を覚悟するが、その前に今一度鶴ヶ城や殿様(松平容保)の安否を確かめようと、鶴ヶ城を見渡すことができる飯盛山まで必死の行軍を開始する。

傷口の手当もままならないだけでなく、疲労と飢えに襲われた文字通りの必死の行軍であったため、ここで幾人かの隊士が着いていけず、はぐれてしまったと考えられている。
そして、その一人が酒井峰治という、白虎隊の数少ない生存者である。

酒井峰治は、はぐれてしまったところで、もはやこれまでと自刃を試みるが、通りがかった農民にそれを止められる。
その後、鶴ヶ城の籠城に加わって生き残り、昭和8年まで生きて白虎隊に関する手記を残すこととなる。
近年その手記が見つかり、白虎隊出陣から自刃までの36時間の詳しい足取りが明らかにされた。

その酒井峰治を主人公に描いた話が、今年の正月にスペシャルドラマとして放送されている。(けど私は見ていない)

話がそれたが、その頃、いよいよ城下に攻め寄せてくる新政府軍に対して、松平容保は籠城による徹底抗戦を決める。

このときに、城に残っていた数少ない老兵は槍や刀を手に、新政府軍の近代兵器に向かって突進していき会津武士の魂を見せるも討ち死に。
城下にいた女子供も敵の捕虜になるくらいならと、自決している姿が各所で見られたという。

そして、敵がまさに鶴ヶ城にまで押し寄せて来るというときに、松平公は少しでも敵を城に近づけさせないように、自ら城下に火を放たせる。

一方、その頃必死の行軍を続ける白虎隊は、用水路として使われていた狭い洞窟を抜けて、鶴ヶ城を見渡すことができる飯盛山の中腹に立とうとしていた。

そして、そこから鶴ヶ城下を見渡した白虎隊20名は、その光景を目にして、全員言葉もなくし呆然と立ち尽くしてしまう。
城が燃えているのだ。
自分たちが守ろうとしている城が燃えている。
自分たちが守ろうとしている殿様の城が落ちたのだ。

このとき、本当は鶴ヶ城は落ちてはいなかったのだが、燃え盛る城下の炎を見た隊士達は、自分たちのつとめはもはやこれまで、あとは潔く武士の最期を遂げよう、として全員がお互いを刺し合うなどして自刃してしまう。

結果、奇跡的に息を吹き返した隊士、飯沼貞吉によって自刃の全容が明らかになり、彼はその後、昭和6年まで生きることとなる。

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昭和6年。
私が生まれたのも昭和だ。
私達が想像もできない程の大昔の話ではない。
たった百数十年前にこれほどの悲劇があり、隊士の一人が昭和まで生きているのだ。

今までは、歴史と言っても、それが本当の出来事であることはもちろんわかってはいても、どこか現実感の伴わない物語のような感覚で捉えていた。
そんな物語としての歴史が、こうして自分がその歴史の一つの舞台に実際に立ち、そう遠くない過去の出来事であることを改めて知ったことで、現実の出来事として身近に感じられ、なんだか悲しくやりきれない思いに包まれた。

命を懸けて戦うだとか、潔く自刃して最期を全うするだとか、今の世ではもちろん想像すらできない考えだが、白虎隊士のただただひたむきな主君への忠義心を思うと、それはまっすぐで美しいとやはり思わずにはいられないし、ひいては、人が人として生きるために忘れてはならない人間の尊厳のようなものもその根源に見え隠れしている気さえしてくる。

とまで言ったら、言い過ぎかなーとは自分でも思うんだけど、白虎隊の話には、美化して伝えていくだけの(正直、多少美化されて伝えられている部分ももちろんあるとは思う)様々な意味や価値がそこにあるからこそ、そうやって語り継がれていくのだろうとも思った。

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話は現実の日記に戻るが、白虎隊記念館には、衣服や武器など白虎隊関連の遺品だけでなく新撰組や会津藩に関する資料などが展示されている。
(※新撰組の残党も会津藩とともに新政府軍と戦っている)

白虎隊記念館のある場所から、しばらく山を歩いて登っていく。

           20070207_765_dokutsu_ss 

戸ノ口堰洞窟。
猪苗代湖の水を灌漑用として会津地方に引いてくるために作られた水路である。

後に自刃することになる白虎隊士20名が、前線の戸ノ口原から、鶴ヶ城へと退却していくときに通った水路である。

どう見ても、屈んで歩かないと入れない程の小さい洞窟で、当然中は真っ暗だし、水路に使っていたくらいだから水位もそこそこあっただろうから、この中を4kgもあったという旧式の銃(ゲベール銃という)を担いで行軍するのはかなりの労力を要したと思われる。

それほどの洞窟を抜け出れたときの安堵感は多分大きかっただろうから、そのすぐ直後に炎上してる(ように見える)鶴ヶ城を見たときの落胆は、さらにより大きなものだっただろう。

ここから少し登ると、白虎隊士を祭った御堂があるので、ひとまずそこで線香をあげていく。

さらに登っていくと、眼前に視界が開けて会津若松市が見渡せるようになる。

           20070207_775_iimori_ss

餓えと寒さと傷の痛みに耐えて、必死の行軍で退却してきた白虎隊が目にした鶴ヶ城が。ここから見える。はず。。。どこだ。。。

           20070207_781_iimori_filtered_s

どこだ。。。
あ。。。

           20070207_781_iimori_zoom_filtered_s

あった。。。

写真だとズームしないとわかりづらいけど、実際は周りが木々で生い茂っているし、鶴ヶ城の天守自体も大きいから結構目立ちます。

その周りの城下が燃えて黒煙が上がっていたりしたら、城が燃えているように見間違えるかもしれない。確かにそんな距離だ。

そこから少し登ったところに隊士19名のお墓が並んで建てられていた。

そして、生き残った隊士、飯沼貞吉のお墓も少し離れたところにあった。
当時、一人だけ生き残った飯沼貞吉に対しては「武士の最期を遂げずに生き恥をさらした」という声も少なからずあり、他の隊士の隣ではなくその場所にお墓が建てられたそうである。ひどい話だ。。

さらに、そのすぐ近くの、実際に自刃したとされる場所にも慰霊碑が建てられていた。

また、自刃した19隊士のお墓のすぐ傍には、会津藩主松平容保公が、後に隊士を悼んで詠んだ詩の碑が建てられている。

               20070207_793_ss

         幾人(いくたり)の 涙は石にそそぐとも
         その名はよよに 朽ちじとぞ思ふ

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次は、会津若松市中心部を通り、鶴ヶ城へ。

■鶴ヶ城(会津若松城)

 住所 福島県会津若松市追手町1-1
 電話 0242-27-4005(会津若松市観光公社)
 期間 通年
 営業時間 8:30~17:00(無休)
 料金 400円
 駐車場 280台
 お勧め ★★★★☆
 特記 日本百名城

 
           20070207_828_tsuruga_filtered_s

でかい。そして、きれいだ。
雪の弘前城も風情があって良かったけど、それに比べると規模がまるで違う。
天守自体もだが、本丸の広場も堀の大きさも、石垣の高さも。

写真やテレビなどでは見たことはあったけど、実際に見ると想像していた以上に大きかった。
大阪城を模して造ったと言われているらしい。大阪城見たことないけど。。

いろんな角度からいろんな距離で眺めたり写真を撮ったりする。

           20070207_876_tsuruga_filtered_s

天気さえもう少しよかったらねぇ。。って感じ。

その後、中を見学。
城の中は残念ながら当時の造りを再現しているのではなく、とても近代的な内装になっていて、会津藩、鶴ヶ城、戊辰戦争、白虎隊、に関する博物館のようになっていた。
でも、有名な白虎隊士自刃の絵なども展示されていたし、それぞれの歴史もわかりやすく説明されていたので簡単な勉強にはなったけどね。

外に出ると、もう日はかなり傾いていたけど、再度写真を撮りまくる。

           20070207_941_tsuruga_filtered_m

まだ撮る。

           20070207_935_tsuruga_filtered_m

距離や角度や構図だけでなく、時間とともにいろいろと顔を変えていくのでおもしろい。

天気や季節によってもさらにいろいろと表情を変えるのだろう。

           20070207_920_kurogane_ss

これは「鉄(くろがね)門」という本丸に通じる門。
その名の通り、鉄の板で覆われているのでその名がついたとのこと。
一ヶ月の籠城を耐え抜いた強固な門だ。

鶴ヶ城。。。
明日晴れたらもう一度来てみてもいいかもしれない。と思った。

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会津若松市を十数km北に行くと、喜多方市だ。
喜多方市と言えば、もちろん喜多方ラーメン。
そんなわけで、夜は喜多方ラーメンを食べに行く。

最近は、北海道にいた頃の贅沢三昧を反省して、食に関してはかなり節約をして、このブログで食べ物を紹介したとき以外はすべてカップ麺かパンなどで生活してきたのだが、やはり喜多方ラーメンははずせないだろう。(ラーメンて基本安いしね。。)

■源来軒
 住所 福島県喜多方市一本木上7745
 電話 0241-22-0091
 営業時間 10:00~20:00
 料金 ラーメン550円 大盛りラーメン800円
 駐車場 20台
 お勧め ★★★☆☆

喜多方ラーメンの始まりと言われているお店に行ってみる。
ラーメン屋、というより中華料理屋、って感じ。
ラーメン以外も普通の中華料理がメニューに並んでる。

食べたのは、もちろん普通のラーメン。の大盛り。
喜多方ラーメンのスープはしょうゆ。

           20070207_947_ss

感想は。
おいしい。けど。好みではない。かな。

スープはとても味に深みがある感じでおいしいとは思うし、麺は自家製手打ち麺なんだけど、そもそも喜多方の特徴である太めの平べったい多加水麺が苦手なのかも。。

あまり粉っぽいのも好きではないけど、ここまでもちもちっとしたのもあまり好きではないかな。まだいろいろ食べたことあるわけじゃないから自分の好みもはっきりしないけど。

時間があれば明日また違うところに行ってみようかな。

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お風呂は

■熱塩加納保健福祉センター「夢の森」

 住所 福島県喜多方市熱塩加納村米岡下平609
 電話 0241-36-3112
 営業時間 9:00~21:00
 定休日 月曜
 料金 300円
 駐車場 70台
 露天 あり
 無料休憩所 あり
 ぬるめの浴槽 あり(露天)
 特記 加水あり
 お勧め ★★★☆☆

喜多方の少し山の中に入ったところにある。

公共の銭湯風の温泉という感じ。
露天もあるし、ぬるめだし。
それに300円は安い!ね。

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本日の走行距離:126km 累計走行距離:7,577km

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2007年2月 6日 (火)

小休止

今日は予定通り特に行動せず、ゆっくり寝て、買い物したり温泉行ったり本読んだりブログ更新したり両親に近況報告したりなどにとどめた(両親はこのブログ知らないので)。

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でも、温泉は行く。

■もにわの湯

 住所 福島県福島市飯坂町茂庭清水川原21-2
 電話 024-596-1811
 営業時間 9:00~21:00
 料金 250円
 駐車場 100台
 露天 あり
 無料休憩所 あり
 ぬるめの浴槽 なし
 特記 源泉掛け流し
 お勧め ★★★★☆

なによりとにかく安い!250円。
最近は完全に値段重視になっている。
ホテルや旅館の日帰り入浴だと1000円とか普通だったりするけど、今の私の財政力ではせいぜい500~600円程度が限界。

ここは、安いなりの狭さだったけど、客がほとんどいなかったからぜんぜん余裕。ゆっくりできました。

ただちょっと街から離れている上に、途中飯坂温泉っていう割と有名で大きな温泉街を通過していった場所にあるから、あまり人気はないのかもしれないね。。
 
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本日の走行距離:64km 累計走行距離:7,451km

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2007年2月 5日 (月)

日本三景其ノ壱

今日は、予定通り「松島」へ。

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■松島
 住所 宮城県宮城郡松島町
 電話 022-354-5708(松島町産業観光課)
 駐車場 あり(有料駐車場各種)
 お勧め ★★★★★
 特記 日本三景

松島は、言わずと知れた日本三景に選ばれるほどの景勝地で、湾内には大小260余りの島々が点在している。

この旅始まって以来最大の観光地という観光地で、この季節の平日であってもさすがに観光客はたくさんいた。
でも、渋滞もなかったし駐車場も待ち時間なしですぐ入れるレベル。

           20070205_300_godaido_filtered_ss

これは、松島のシンボル的な建物で「五大堂」という御堂。
坂之上田村麻呂が東征の折に、毘沙門堂を建立したのが始まりで、現在の御堂は、慶長9年(1609年)に伊達政宗が造営した東北最大の桃山建築である。

           20070205_309_matsushima_filtered_s

この写真の左に写っているのも五大堂。
この建物が建っているところ自体も島になっていて、小さな橋(一枚目の写真)を渡って行けるようになっている。

松島を十分に満喫しよう、ということで遊覧船に乗って松島湾を周遊することに!
遊覧船はコースや時間によっていくつか種類があるんだけど、私が乗ったのは仁王丸という船で、1周50分くらいのクルージングで1400円。

船が出港するなり、ウミネコの大群が船を追いかけてくる。

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そう。この周遊でのもう一つの楽しみが、このウミネコの餌付けだ。
こいつらも完全に飼いならされてるから、エサ欲しさに喜んでついてくるのだ。

でもかわいい。
ミャ-ミャー鳴きながらみんな必死で追いかけてくる(^^)

最初は、後ろを追いかけてくるウミネコを眺めてたり写真撮ったり、他の人が餌付けしてるのを見て楽しんでたんだけど、見てるうちに我慢できなくなり私もエサ(かっぱえびせん)を購入(^^;

おもしろいほど寄ってくる。
投げれば空中でキャッチ!
手で持って差し出せば、近づいてきて、いろんな意味でパクって奪っていく。かわいいなー(>_<)

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ちょっと目が怖いけどね。。
あと、割と勢いよく奪っていくから、くちばしが手に当たると結構痛いけどね。。

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これは鐘島っていう。
島の中央に空いてる4つの空洞に大波が押し寄せると、ゴーンって鐘の音みたいに反響するからそう名がついたみたい。

           20070205_443_nioumaru_filtered_s

これは仁王島。
多分この船の仁王丸もここからとったんだろうね。
上下性質の違う岩が波の浸食で削られてこんな形になったんだと。

それにしても、今日は天気が最高に良くて気温も10度近く上がったんじゃないかな。結構あたたかくて海の風が気持ちよかった。

私は出航してからはずーっと甲板にいたんだけど、ほとんどの観光客は船の中でガイドさんの説明聞きながら窓越しに景色を楽しんでたみたい。
でも、こんな天気がいいんだから甲板にいた方が断然気持ちよくて景色も楽しめたと思う。ウミネコもかわいかったし。

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というわけで。松島。日本三景の肩書きに恥じないすばらしい景勝地でした。

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その後、仙台方面に向かいつつ、塩竈神社という神社に寄って行く。

■塩竈神社(しおがまじんじゃ)

 住所 宮城県塩竈市一森山1-1
 電話 022-367-1611
 営業時間 5:00~20:00
 料金 参拝自由
 駐車場 350台
 お勧め ★★★☆☆

ここは1200年以上という長い歴史を持った神社。奥州藤原氏も崇敬していたという。

           20070205_594_shiogama_filtered_s

写真にある202段の階段を上ると社殿がある。

           20070205_606_shiogama_filtered_s

お参りした後、交通安全のお守りだけ購入。

そして、おみくじ。
今年最初のおみくじは登別温泉でひいた「半吉」という微妙な結果。
今度は29歳になって最初の運だめし。

結果は。。。

           20070205_619_omikuji_ss

はい出た。出たよ末吉。。。
もう今年は基本的に微妙な運勢なのかもしれない。。
半吉と末吉ってどっちがいいんだろう。。

末吉だけあって、書いてあることも結構辛口。おもしろいけど。
全体運の内容だけ紹介。

            20070205_619_ss

「自分の力だけでなにかをやろうとしてもカネ不足でちょっと目安が立たないという状況。」

もー。身も蓋もない言い方しないで欲しーよねー。
でも当たってる。。。まぁくやしいけど確かに当たってるわなぁ。。
てか当たってるとか当たってないとかって本来のおみくじの趣旨と違うんだけどね。コレ、これからの運勢ですから。

そして、「現状にとどまるのが最も無難」って、アドバイスがとても消極的ですね。。
がんばれば打開できるよ!とかじゃないんだよね。。

「靴の底からかゆいところを掻いているもどかしさを感じます」

基本、言い切るよね。
どう感じるかは人それぞれだと思うんだけど、おみくじはとにかく言い切る。気持ちいいね。

そして、前回のおみくじもそうだったけど、現状維持とか、自重して静かに進むとか、今年はあまり行動的にならない方がいいみたいだね。。。気にしない気にしない。

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気を取り直して、仙台へ。
松島と仙台は結構近い。

そして、仙台で行きたいところは

■仙台城跡

 住所 宮城県仙台市青葉区川内天守台青葉城址
 電話 022-222-0218(青葉城本丸会館)
 営業時間 8:00~18:00
 料金 見学無料
 駐車場 150台(有料)
 お勧め ★★★★☆

仙台城は山城だけあって、ここからは仙台市が広々と見渡せて景色はかなりいいです。

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そんな仙台市を見渡せる場所に、堂々と建っているのが

           20070205_684_masamune_filtered_m
 
伊達政宗です。かっこいい。
どうでもいいけど銅像撮るときに逆光になることが多いな。。

実は、伊達政宗に関してはほとんど歴史を知らないんだけど、仙台城と絡めた説明をほんの少しだけ。

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【伊達政宗と仙台城】

独眼竜正宗として有名な伊達政宗は、戦国時代~江戸時代初期の大名で、初代仙台藩主。

関が原の戦いで徳川家康について、会津の上杉景勝と戦った功により、刈田郡を与えられ、現在の仙台に仙台城を築城、城下町も建設し、仙台藩62万石の礎を築いた。

その後、仙台城は13代270年に渡って1度も戦火を被らなかった平和な城として明治に至ったが、廃城令や戦災などによりほとんどが焼失してしまった。

また、仙台城の本丸があった場所が仙台七崎のひとつである青葉ヶ崎にあったことから仙台城の俗称を青葉城とも呼ぶ。

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仙台城址は石垣が残ってる程度で、見所はむしろ仙台市を見渡せるさっきの景色の方。
ということで、しばらく散歩しながら暗くなるのを待った。
もちろん夜景を見るため。

           20070205_744_sendai_filtered_m

仙台はかなり大きな都市なので夜景もやはりキレイ。
でも夜景100選には選ばれていないみたい。

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夜は、仙台市内にある温泉へ。
 
■天然温泉 コロナの湯 仙台店

 住所 宮城県仙台市宮城野区福室田中前1-53-1
 電話 022-387-5541
 営業時間 8:00~翌2:00
 料金 550円
 駐車場 1900台
 露天 あり
 無料休憩所 あり
 ぬるめの浴槽 なし
 お勧め ★★★★☆

ここは、温泉のほかにゲーセンとかレストランとかボーリング場とか映画館とか、とにかく何でもありの複合型のアミューズメント施設の「コロナワールド」という所の中にある温泉。

そんなわけで平日だけど客は結構たくさんいました。
ここ、源泉掛け流しではないけど、露天はかなり広々としていて、岩風呂、ひのき、五右衛門とか6種類の浴槽を楽しめる。

こういうとこってホントの温泉好きな人には敬遠されるかもしれないけど、結構安いし清潔感もあるし広いし、私的には全然オッケーでした。

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その後、今日の寝床を探したんだけど、仙台の近くには道の駅が全然ない(>_<)。停めておけそうなところも探してみたけど結局いいとこは見つからず。
知らない土地で安心して車を停めて寝れるようなところを探すのって想像以上に難しい。

結局、この旅初めての高速道路のSA(サービスエリア)で寝ることに。

もし寝るところが見つからなかったら、SAから一番近いインターから入って、次の日そのSAの次のインターで下りる、ていう方法をとろうって考えは持ってたんだよね。それでもお金かかるからできるだけ避けたかったけど。。

そこそこ大きそうなSA、国見SAに着いたときにはもう0時を回っていた。
今日は結構疲れたし、明日は何もしない日にしようと決めた。

2日間観光&移動して、1日休む。
多分これくらいが、私にとって一番無理なく楽しく長期で旅ができるペースだと最近わかってきた。
ずっと旅し続けるって、思っていたとおり楽しいことだけど、思っていたよりも疲れることみたいだ。

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今日は写真を合計437枚撮った。最多記録をまた更新。
遊覧船に乗ったときにウミネコを連写で撮りまくったからだ。。
それにしてもちょっと撮り過ぎ。
1Gのメモリを全て使い切って、初めて予備の2枚目に突入したもんね。

このブログにはちゃんと撮れているものを載せているけど、実際はほとんどが何撮ってるんだかわからないような写真ばっかだったんだよね(--;。
動くものを撮るのって難しい。。今日は自分も動きながらだったし。

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ちなみに、今日泊まるこの国見SA、実は福島県に入った直後のところにある。
よって、何気に5県目(1道4県目)、福島県に突入なのである。

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本日の走行距離:152km 累計走行距離:7,387km

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2007年2月 4日 (日)

夢の跡

今日は宮城に向かうのだけど、途中奥州を通る。
奥州と言えば、奥州藤原氏。
奥州藤原氏と言えば、源義経。
それぞれに因んだ場所に寄っていく。

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奥州藤原氏に関係する一番の名所は中尊寺(金色堂)なんだけど、中尊寺は以前岩手に来たときに行ったので、今回はちょっと趣向を変えて「えさし藤原の郷」へ行くことに。

国道4号を南下して、目的地が近づいてくると、道の脇に大きな案内の看板が見えてきた。あ、あれだあれだ。

「NHK大河ドラマ『風林火山』ロケ地!
                 
えさし藤原の郷」

。。。
なんか違うな。。。まぁ、多分間違ったことは言ってないんだろうけど、なんか違うぞ。
そんな宣伝でいいのか藤原の郷。。

■えさし藤原の郷(さと)
 住所 岩手県奥州市江刺区岩谷堂小名丸86-1
 電話 0197-35-7791
 営業時間 9時~17時(11月~2月は~16時)無休
 料金 800円
 駐車場 1000台
 お勧め ★★★☆☆

           20070204_201_esashi_filtered_s

結果的には、歴史的な土地を訪れるという目的としては、ここはあまりお勧めの場所ではない。

ちゃんと調べないで行ったから良くなかったんだけど、ここは、地理的に歴史的な場所ってわけでもなければ、歴史的建物が残っている場所ってわけでもない。

綿密な時代考証の末に、奥州藤原氏に関係するあらゆる建物を再現した場所(公園?)なのである。

だからそれっぽい建物が割と広い敷地内に、たくさん建てられていて見ごたえはあると言えばあるんだけど、それらすべてに歴史というものが全くないが故に、なんとなく安っぽいナンパっぽい感じになってしまっているのだ。

さっき看板で見た、風林火山のロケ地というだけでなく、ここは、数々の映画やドラマやCMのロケに使われている。
敷地内には「ロケ資料館」というものまであり、これまでここをロケ地として使用してきたたくさんの番組の紹介をしている。

風林火山、義経、炎立つ、毛利元就、利家とまつ、北条時宗、陰陽師、などなど。挙げたらキリがない。

たしかに

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どこかで見たことある気がする。。
まぁ、私はミーハーだからこういうところも嫌いじゃないけど(^^;。
実際、ロケ情報間で風林火山のロケ風景のビデオとか見たら、番組見たくなったしね。。(とか言って今日の夜は見逃したけど)

           20070204_248_ss

これは「無量光院」と言って、藤原秀衡(ひでひら)が平等院鳳凰堂を模して建立した御堂を再現したもの(4分の1スケール)。

ホントはもっと数百メートル向こうにあるから遠近感を出すために4分の1スケールで作ったらしい。。。

あと、ここのいくつかの建物には、歴史の説明をする放送が流れているんだけど、たまにカサカサって明らかにページをめくってる音が聞こえてきてとても気になりました。

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次は、源義経の最期の地と言われている高館(たかだち)というところに建てられている義経堂(ぎけいどう)に行く。

ここで少し簡単に歴史に触れておこう。

【奥州藤原氏と源義経】

源義経は、後に鎌倉幕府をひらく源頼朝の弟であり、歴史的にも他に類を見ないほどの悲劇の英雄として有名だ。

平治の乱の後、まだ赤ん坊だった牛若(後の義経)は、その母親である常盤御前の命乞いにより助けられ、鞍馬寺へ預けられることとなる。

自分の出生を知った牛若は、打倒平家を望み武芸に励み、鞍馬寺を脱出して奥州藤原氏(三代目の藤原秀衡)に身をよせる。

奥州藤原氏というのは、当時その領内でとれる金などのおかげで朝廷や平家にも勝るとも劣らない独自の文化を築いて栄えていた一族だ。
その黄金文化を象徴する最たるものが、中尊寺金色堂である。
また、義経と最も深く関わる三代目藤原秀衡の時期が藤原氏の絶頂期である。

その後、伊豆で兄の頼朝が平家追討の挙兵をしたことを聞くなり、義経は共に平家を討つため、兄頼朝の下を訪れる。

そこで兄弟の涙の初対面を果たす。
だが、頼朝は、義経が秀衡の家臣を連れてきたことを良く思わず、逆に義経に対して不信感を抱いてしまう。

頼朝にとっては、平家追討の後には、奥州藤原氏もいずれ滅ぼさなければならない敵であったからだ。

義経はその後、鵯(ひよどり)越えの奇襲(断崖絶壁を馬で駆け下りるアレ)で有名な一の谷の戦い、那須与一(なすのよいち)の扇の的のエピソードで有名な屋島の戦いと、次々と勝利をおさめ、そして、ついには壇ノ浦の戦いにて平家を滅ぼすという大手柄を立てるわけだ。

だが、義経は頼朝の許可もなく、しかも奥州藤原氏の家臣と共に、朝廷から位を受けたことなどを頼朝に咎められて追われる身となってしまう。

そして、義経は再び平泉を訪れ藤原秀衡の庇護を受ける。藤原氏としても、義経をかくまうようなことをすれば頼朝を敵にまわすことにはなってしまうけど、これを機に頼朝を倒そうと考えていたようだ(「その時歴史が動いた」でそう言っていた)。

だが、そんな折、秀衡が死んでしまう。
その際、子である国衡、泰衡、そして義経に、三人で力を合わせて頼朝を倒すようにと遺言を残すのだが、泰衡は頼朝の圧力に屈してしまい、ついに義経を襲う。このときの有名なエピソードが仁王立ちの弁慶の話だ。

そして、義経は家臣に館に火をかけさせて自害してしまう。

また、頼朝は、泰衡に対しても、義経をかくまったことをとがめて、結局藤原氏も滅ぼしてしまう。

あれだけ兄を慕って大手柄を立てながらも、藤原氏を頼ったばかりに、頼朝の不信感を買ってしまい結局実の兄に殺されてしまう義経も悲劇だが、あれだけ栄えていた藤原氏が義経を庇護したばかりに、頼朝に滅ぼされてしまう、というのもまた悲劇かもしれない。

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なんか簡単な説明じゃなくなった気がするけど。。
それはさておき、義経が自刃した場所に建てられたという高館義経堂に行ってきた。

■高館義経堂(たかだちぎけいどう)

 住所 岩手県平泉町平泉柳御所14
 電話 0191-46-3300
 営業時間 8:30~17:00(11/5~4/4は~16:30)
 料金 200円
 駐車場 20台
 お勧め ★★★☆☆

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ひっそりと小高い山の中腹に建てられている。
そして、ここからは北上川と遠く山々が見渡せる。
この日は天気があまり良くなかったけどいい景色だ。

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平泉滅亡からおよそ500年後、俳聖松尾芭蕉がこの地を訪れ、この場所から北上川を見渡しながら有名な詩を残したため、ここにはその詩の碑も建てられている。

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         「夏草や 兵(つわもの)どもが 夢の跡」

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夜は、そのまま南下し、4県目(1道3県目)宮城県に突入。
適当な温泉を探す。

■加護坊温泉 さくらの湯

 住所 宮城県大崎市田尻小塩八ツ沢37-1
 電話 0229-39-3388
 営業時間 10:00~22:00
 定休日 第2火曜
 料金 2時間400円、一日600円
 駐車場 250台
 露天 あり
 無料休憩所 あり
 ぬるめの浴槽 あり
 お勧め ★★★☆☆

割と市街地から近くにあるというアクセスの良さからなのか、とても混んでいた。これまで行ったどこの温泉よりも混んでいたと思う。

掛け流しではないので、少し塩素の匂いがした。
でも安いし、露天は広くてぬるかったのでゆっくり浸かって満足。

明日は、日本三景のひとつ。かな。

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本日の走行距離:150km 累計走行距離:7,235km

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2007年2月 3日 (土)

幸せを思う

今日は起きたのは午後になってからだった。
やはり昨日の疲れが少しあったからかもしれない。

そして、奇しくも今日は私の誕生日だ。(全然奇しくない)

ということで、今日は特にどこに行くというのでもなく、温泉にだけゆっくり入ってのんびり過ごすこととした。
たまにはこういう何もしない日を作らないと疲れてしまう。

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■新湯本温泉 美翠館(みすいかん)
 住所 岩手県花巻市糖塚1-13-21
 電話 0198-27-2200
 営業時間 10:00~20:30
 料金 600円
 駐車場 あり
 露天 あり
 無料休憩所 なし
 ぬるめの浴槽 あり(36~37度)
 特記 源泉かけ流し
 お勧め ★★★★☆

ここは、露天がかなり広い。
100人近くは入れそうだ。
そしてお湯がぬるい。私が好きなぬるめのお湯だ。

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だだっ広い露天に一人で入りながら、こんなところでこんなかたちで20代最後の誕生日を迎えることの不思議さを感じながら、そのことの幸せを思った。

私が今こうしているのは、自分で考え、自分で判断し、自分で下した決断の結果だ。

幸せの基準など人それぞれだし、私の中でもそんな基準があるわけでもないけど、自分の生き方を自分で決めれること、そして自分が実際にそうして生きてこれたということは少なくとも幸せなことだな。とかそんなことをなんとなく思った。

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今後の旅の予定を少し考えた。

当初は東北に関しては、まんべんなく回って南下して行こうと考えていたのだが(実家の山梨をゴールにするため)、でも、青森、岩手と回ってきてみてちょっと思ったのは、「春の東北も来てみたいな」というものだった。

そこで、予定変更して、この旅を以下の三部構成にすることにした(仮)。

第一部
山梨を出発してから北海道に行って、東北は太平洋側だけを南下して山梨に戻る。
 
第二部
山梨からさらに西(南)へ太平洋側を通って沖縄まで行く。
そして、日本海側を通って北上して山梨へ戻る。

第三部
山梨から日本海側を通って北上。東北を通って北海道へ

つまり、ゴールは北海道にすることに。
こうすれば、ちょうど春くらいに(運がよければ桜前線と一緒に)東北地方を再び訪れることができるだろう。

決定じゃないけど仮の計画ということで。基本noPlanだから。
今日みたく急に何もしない日を作ったり、今後の旅程を大きく変えてみたり、と、この自由度の高さが一人旅の最大の魅力だ。

ということで、とりあえず次はこのまま南下して宮城へ行くことに。

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本日の走行距離:48km 累計走行距離:7,085km

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2007年2月 2日 (金)

最長最多

何が最長って、一日での移動距離がこれまでで最長だと思われる。
377km。

何が最多って、一日での撮影枚数がこれまでで最多だと思われる。
248枚。

あと、訪れた場所数も最多かな。

今日は3県目(1道2県目)岩手県に突入。

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昨日は予想外の遠回りを強いられて、岩手県境までは行けなかったけど、いつもより少し早く出発して、七戸(しちのへ)→六戸(ろくのへ)→八戸(はちのへ)→岩手へ。

実は、岩手は何かと縁があって、来るのは初めてではない。
1度目は、以前勤めていた会社の社員旅行で。
2度目は、プライベートな旅行で。
そして、今回は3度目。

社員旅行のときは軽く盛岡散策して盛岡城跡公園や啄木の新婚の家などを回って、わんこそばを初めて食べた。

2度目の旅行では、八幡平方面や平泉の中尊寺やその付近の観光地に行って、じゃじゃ麺や盛岡冷麺などを食べた。

今回は、できるだけ行ったことがないところを、と思って選んだのが陸中海岸(三陸海岸)。
南北180kmにも及ぶ、日本を代表するリアス式海岸だ。

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青森七戸を出発したときは、天気が悪く雪がだいぶ降っていて、これじゃあ海を見に行ってもさみしい感じの風景に終わりそうだなーと思って、正直、行くのも乗り気じゃなかった。

でも、昼過ぎくらいに岩手に入って、海岸線に出るなり、急に晴れ間が広がり、景色の雰囲気もガラっと変わる。

あまりに天気が良く、海がきれいだったから、適当な脇道を海岸側にそれて、そこらへんに車を停めて海岸に下りていってみる。

■どこかの海岸1
 住所 不明(陸中海岸沿い)
 期間 特になし
 営業時間 自由
 料金 無料
 駐車場 なし
 お勧め ★★★★☆

   20070202_943_ss   20070202_945_s

ここは、とくに名前がついてる海岸じゃないし、そんなに大きなところじゃないけど、めちゃくちゃキレイ!天気いいし!海はきれいだし!気持ちいい!

やっぱ海はいいねー。
見てるだけでテンションが上がる!

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次に向かったのは「黒崎」っていう北緯40度線上にある展望台。

■黒崎
 住所 岩手県普代村第2地割下村
 電話 0194-35-2115
 営業時間 自由
 料金 無料
 駐車場 100台
 お勧め ★★☆☆☆

           20070202_951_ss

かなり高い位置にあって遠くを見渡せる。
でも、ちょっと木が生い茂っていてパノラマ感はイマイチだったかも。

駐車場は私の車のみ。
人がいなくて景色を独り占めできるのはいいんだけど、一人で一番心配なのは、車上荒らし。

ここもそうなんだけど、駐車場から展望台などまで離れていて、しばらく歩いていくようなところの場合、やっぱりちょっと車のことが気になってしまってのんびりできなくなってしまう。

しかも駐車場に「車上荒らしに注意!」「貴重品は車に置かないでください」みたいな看板がいつもあるから、それ見るとやっぱり少し不安になってしまう。

せっかく観光地来てもゆっくり楽しめないのはもったいないから、近日中には車上荒らし対策のブザーみたいなやつは買うつもり。

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次は、陸中海岸でも屈指の名所でもある北山崎。

■北山崎
 住所 岩手県田野畑村北山
 電話 0194-33-3248
 営業時間 自由
 料金 無料
 駐車場 130台
 お勧め ★★★★☆

           20070202_966_kitayamazaki_filtered_s

ここは「海のアルプス」と称される。
高さ200m!豪快!見事!

さっきの黒崎との違いがイマイチわからない、とか言ってはいけない。
全然違う!とにかく違うんだ。いろいろと全然違う!
海とか空とか、視界のパノラマ度だとか、あとほら、あれだあれ、あの何ていうか雰囲気とかがもう断然違う。

まぁ。ちょっと必死になってたけど、とにかくキレイだ。主に海と空が。

           20070202_972_kitayamazaki_filtered_s

相当眺めがいい。
今日出発時は気乗りしなかったけど、やっぱ来てよかった~って感じ。

ここも駐車場から展望台まで1km程度歩いていかないとなんだけど、誰もいなくて売店もみんな閉まってたから、車両進入禁止のところに乗り入れて、展望台まで車で行ってしまった(^^;。
誰もいないし、ま、いいよね。

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あとは、もうひとつの名所「浄土ヶ浜」に向けて、さらに海岸沿いを南下して行く。
その途中でまた降りれそうな海岸を発見したので寄り道。

■どこかの海岸2

 住所 不明(陸中海岸沿い)
 期間 特になし
 営業時間 自由
 料金 無料
 駐車場 なし
 お勧め ★★★☆☆

           20070202_012_rikuchuu_filtered_s

いいなー海。
海岸に出るなり海に向かって気付いたら走り出していた(^^;。
なんでこんな楽しいんだろ。
シャッターも夢中で切ってた。
いい景色はどこを切り取ってもいい画になるね~。

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さらに、「海岸」の文字が見えたので、またまた寄り道。

■真崎海岸

 住所 岩手県宮古市田老字和野
 電話 0193-87-2111
 営業時間 自由
 料金 無料
 駐車場 あり
 お勧め ★★★☆☆

           20070202_023_masaki_filtered_ss

さっきまでの写真とあまり変わらないように見えるかもしれないけど、どの海岸も全部雰囲気が違う海。

ここはちゃんとした海水浴場みたいで海の家みたいのもあった。
もちろん閉まってるけどね。

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まだまだ海。
しつこいくらい海。
はじまりはいつも海。

上の真崎海岸のすぐ近くにあった海岸にも行ってみる。

■沢尻海岸
 住所 岩手県宮古市田老字和野(真崎海岸近く)
 電話 不明
 営業時間 自由
 料金 無料
 駐車場 あり数台
 お勧め ★★★★☆

           20070202_061_sawajiri_filtered_s

ここも最高にキレイ!
ここが一番好きかも。
他のとこは全部普通の砂浜だったけど、ここは砂利状の砂浜。

海もきれいだけど、振り向くと断崖がせまっていてそれもまた絶景。

ガイドブックなんかには絶対に載っていないような小さな海岸だけど、私的には、★4つレベルのいい海岸だと思う。

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ここから、日本三大鍾乳洞のひとつでもある「龍泉洞(りゅうせんどう)」にも行けたんだけど、時間的にそっちは諦めて、今日の目的地浄土ヶ浜へ。

■浄土ヶ浜

 住所 岩手県宮古市鍬ヶ崎第7地割臼木32
 電話 0193-62-2111
 営業時間 自由
 料金 無料(観光遊覧船1220円)
 駐車場 350台
 お勧め ★★★★★
 特記 渚百選、白砂青松百選

ここは、300年ほど前に、霊鏡という高僧が「さながら極楽浄土の如し」と感嘆したことからその名が付けられたという。

また、特記に記した通り、ここは渚百選、白砂青松百選に選ばれているだけでなく、夏は海水浴場ともなり、2006年度「日本の快水浴場百選」の海の部で特選もとっている。

白砂青松百選に選ばれるだけあり、海岸は普通の砂浜ではなく、数センチ~十数センチの丸い白い石が一面に広がっている。

海に立ち並ぶ奇岩も、どれも岩肌が白く、アカマツの青さががよく映えている。

エメラルドグリーンの海の水自体も、今日見てきたどこの海岸よりも澄んでいて、さすがに渚百選とか白砂なんとかとか、あと、なんかいろいろな百選に選ばれるだけある。

ここでもデジカメのバッテリーが切れるまで写真を何十枚も撮り続けたが、その中で一枚だけピックアップして載せておこう。

あまりうまく撮れた写真がなかったので、今回は思い切ったレタッチを施してみた。

        20070202_122_jodo_m_edit_filtered

逆にちょっと不気味な感じになってしまったかもしれないけど。。

そして、ここでは記念に海岸の小石を拾って帰ることにした。

            20070202_134_ss

うん。これかな。ちょうど手のひらに収まるサイズで、紙の重しなどにちょうどいいかもしれない。

極楽浄土の石を重しに使うなんてなかなか風流でいいではないか。
これがホントの「冥土の土産」。ってね。
。。。

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その後、進路を西にとり、内陸部へ。盛岡を目指す。

盛岡には夜6時過ぎに到着。
盛岡と言えば、盛岡三大麺、わんこそば、じゃじゃ麺、盛岡冷麺だ。

すべて食べたことはあるが、せっかくなので今回は盛岡冷麺をチョイス。一番の有名店へ。

■食堂園
 住所 岩手県盛岡市大通一丁目8-2
 電話 019-651-4590
 営業時間 11:30~15:30、17:00~24:00
 料金 冷麺850円
 駐車場 指定駐車場利用(2000円以上飲食で1時間無料)
 お勧め ★★★★☆

            20070202_139_ss

なかなか美味。
冷麺の特徴は何と言ってもその麺のコシ。
歯ごたえ十分。キムチの辛さも辛すぎずちょうど良い。
ラーメンみたいに毎日食べたいとは思わないけどたまに食べるにはいいかも。

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食後、せっかく岩手公園近くに車を停めていたので、行くつもりはなかったけどちょっと寄ってみることに。
ここは社員旅行のときに同期と一緒に行った場所なので懐かしい。

■岩手城跡公園(岩手公園)

 住所 岩手県盛岡市内丸1-6
 電話 019-604-3305
 営業時間 自由
 料金 無料
 駐車場 有料100台(30分150円)
 お勧め ★★★★☆
 特記 日本百名城

行ってみると、なにやら明るい光が見えてくる。

           20070202_182_iwatecatsle_filtered_s

なるほど。
なんか雪祭りみたいのをちょうどやっていた。よくわからんけどラッキー。

空を見上げれば

               20070202_151_filtered_s

そうか。今日は満月なんだ。。。だから何というものでもないが。。
しばらく月を見ながら公園内を散歩した。

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今日最後に訪れたのは(っていつもそうだけど)、温泉。

■ラ・フランス温泉館(あづまね温泉)

 住所 岩手県紫波郡紫波町小屋敷新在家90
 電話 019-673-8555
 営業時間 9:00~22:00(受付は21:15まで)
 料金 700円
 駐車場 250台
 露天 あり
 無料休憩所 あり
 ぬるめの浴槽 あり(寝湯38~39度)
 特記 源泉?
 お勧め ★★★★☆

ここは、かなり大きなプールも併設している複合施設。
名前がちょっとふざけているけれど、ラ・フランス畑の下から温泉が湧いたからこの名が付けられたらしい。

ここのお湯は入るとすごいぬめぬめ肌にまとわりついてくる感じで、肌がぬるぬるになる。

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今日はちょっと調子に乗って、かなり運転したし、かなり歩いたし、かなり走った。
だから結構疲れたけど楽しい一日だった。

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本日の走行距離:377km 累計走行距離:7,037km

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2007年2月 1日 (木)

おかしな遠回り

日本百名城のひとつ、弘前城へ行く。

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■弘前城(弘前公園)
 住所 青森県弘前市下白銀町1
 電話 0172-33-8733
 期間 冬期は天守閣は閉鎖
 営業時間 9:00~17:00
 料金 300円(冬期は無料)
 駐車場 弘前市立観光館使用
 お勧め ★★★★☆
 特記 
日本百名城

           20070201_887_ss           

天気に恵まれなかったのが残念。

ここは桜の名所でもある(日本さくら名所100選)から、この道も桜の季節にくればさぞやきれいでしょう。
でも雪景色は雪景色できれいだけどね。

           20070201_919_m

天守閣はそんなに大きくはないんだけど、周りの堀も結構広くて、石垣も大きくてきれいで、バランスが良くて美しい。

また冬期閉鎖中で城の中には入れなかったんだけど、雪の中の城という画も風情があって一興。

私は城は好きだけど外から見るのが好きだから結構満足。
中に入るとやたらと近代的な作りしていて、しっかり暖房効いてて、階段も普通のコンクリート製で、電気がやたらと点いててって。。中入って逆にがっかりすることあるしね。

天守の前にあった説明文を引用しよう。

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【弘前城】

弘前城は、津軽を統一した津軽為信(ためのぶ)が計画し、二代藩主信枚(のぶひら)が慶長16年(1611)に完成させた。

当初の天守は五層で本丸西南隅に構築されていたが、築城から16年後の寛永4年(1627)に落雷により焼失した。
現在の天守は、江戸時代末期の文化7年(1810)9代藩主寧親により、本丸辰巳櫓を解体新造したものである。

建築年代は新しいが、濠側の東・南両面には鉄扉窓をつけず、矢狭間だけとし、また、一二層にはその中央に張り出しをつけ切妻破風、石落としを設けるなど古形式になっている。

江戸時代に建築され、現存する天守としては、東北地方唯一のものであり、小規模ではあるが、全国の城郭天守の中でも代表的なものである。

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ふむふむ。ふむふむ。。。
なるほどね。切妻破風がねー。はいはい。
ふむふむ。石落としでね。ほー。

ま、よくわからないんだけど、確かに裏面はデザインが違うね。

            20070201_926_ss

ってことくらいしかわからないや。いやー勉強不足。。

この弘前公園、結構敷地は広くて、一周したんだけど、歩けば歩くほどに雪が強さを増していき、途中で引き返そうとしたけど、なんとか北側から脱出。

その後、公園の北側一帯にある歴史的建造物保存地区を散策。
武家屋敷の名残がある家が結構残っていて、城下町の雰囲気をほんのり味わうことができたんだけど

           20070201_931_ss

例えば、これ、旧伊藤家住宅。
一般公開している武家屋敷なんだけど、冬期は休日しか公開してないんだってさ。むむむ。またやられた。

その後、今度は弘前公園を北から南へ雪中行軍して無事生還。

この弘前公園、近々「雪燈篭祭り」なるものをやるみたいで、せっせと自衛隊の方々が雪像や雪の燈篭作りに励んでいた。

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さて。
青森終了。

青森は、他にも、恐山、白神山地、十和田湖、奥入瀬渓流、など行ってみたいところはあったんだけど、すべて却下!
これからは目的地をしぼっていかないと春までに日本一周は無理だろうという判断からだ。

これからは平均2日で1県回っても遅い計算だ。
3日で2県くらいが妥当か。そうすれば、これからの残り46県を69日で回れることになる。
少しゆっくりしたい県もいくつかあるから、それを考慮するとこれでちょうどいいくらい。

そんなわけで青森は、数ある候補の中から弘前城のみをチョイス。
そして終了したので、次の目的地、岩手へ向かう!

秋田ではなく岩手!
ずっと雪の地域だったから、太平洋側に出て少しでも雪の少ない土地に行こうという単純な判断。ぷらす、陸中海岸に沿って北から南下してみたかったから。

ってことで、弘前から、進路を真東にとり、とりあえず八戸を目指す。

目指してどんどんどんどん山の中を東へ向かっていったんだけど。。。
八甲田山付近で。

痛恨の冬期通行止め!!

ってことで泣く泣く今度は進路を北にとり。。。青森へ。。。
で。結果的に「日本一周の足跡」を見ればわかりますが、おかしな遠回りの経路で東へ向かうことに。。。

途中、もう夜なので温泉に寄る。

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■道の駅浅虫温泉「ゆ~さ浅虫」

 住所 青森県青森市浅虫字蛍谷341-19
 電話 017-737-5151
 期間 
 営業時間 9:00~21:00(温泉受付は20:30まで)
 料金 350円
 駐車場 数十台
 露天 なし
 無料休憩所 あり
 ぬるめの浴槽 あり(40度くらい)
 特記 加水、循環ろ過、塩素使用
 URL 
http://www.yu-sa.jp/
 お勧め ★★★☆☆

ここは道の駅の中にある温泉施設。
源泉じゃないし、露天もないけど、安いからオッケー。

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そのまま東へ。
てことで本日は七戸まででストップ。

陸中海岸は長くて結構時間かかりそうだから、岩手の県境ギリギリまで行っておきたかったんだけどしょうがない。。

なんか要領の悪い一日でした。。

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本日の走行距離:149km 累計走行距離:6,660km

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