« 幸せを思う | トップページ | 日本三景其ノ壱 »

2007年2月 4日 (日)

夢の跡

今日は宮城に向かうのだけど、途中奥州を通る。
奥州と言えば、奥州藤原氏。
奥州藤原氏と言えば、源義経。
それぞれに因んだ場所に寄っていく。

------------------------------

奥州藤原氏に関係する一番の名所は中尊寺(金色堂)なんだけど、中尊寺は以前岩手に来たときに行ったので、今回はちょっと趣向を変えて「えさし藤原の郷」へ行くことに。

国道4号を南下して、目的地が近づいてくると、道の脇に大きな案内の看板が見えてきた。あ、あれだあれだ。

「NHK大河ドラマ『風林火山』ロケ地!
                 
えさし藤原の郷」

。。。
なんか違うな。。。まぁ、多分間違ったことは言ってないんだろうけど、なんか違うぞ。
そんな宣伝でいいのか藤原の郷。。

■えさし藤原の郷(さと)
 住所 岩手県奥州市江刺区岩谷堂小名丸86-1
 電話 0197-35-7791
 営業時間 9時~17時(11月~2月は~16時)無休
 料金 800円
 駐車場 1000台
 お勧め ★★★☆☆

           20070204_201_esashi_filtered_s

結果的には、歴史的な土地を訪れるという目的としては、ここはあまりお勧めの場所ではない。

ちゃんと調べないで行ったから良くなかったんだけど、ここは、地理的に歴史的な場所ってわけでもなければ、歴史的建物が残っている場所ってわけでもない。

綿密な時代考証の末に、奥州藤原氏に関係するあらゆる建物を再現した場所(公園?)なのである。

だからそれっぽい建物が割と広い敷地内に、たくさん建てられていて見ごたえはあると言えばあるんだけど、それらすべてに歴史というものが全くないが故に、なんとなく安っぽいナンパっぽい感じになってしまっているのだ。

さっき看板で見た、風林火山のロケ地というだけでなく、ここは、数々の映画やドラマやCMのロケに使われている。
敷地内には「ロケ資料館」というものまであり、これまでここをロケ地として使用してきたたくさんの番組の紹介をしている。

風林火山、義経、炎立つ、毛利元就、利家とまつ、北条時宗、陰陽師、などなど。挙げたらキリがない。

たしかに

  20070204_215_esashi_filtered_s   20070204_234_esashi_filtered_ss

どこかで見たことある気がする。。
まぁ、私はミーハーだからこういうところも嫌いじゃないけど(^^;。
実際、ロケ情報間で風林火山のロケ風景のビデオとか見たら、番組見たくなったしね。。(とか言って今日の夜は見逃したけど)

           20070204_248_ss

これは「無量光院」と言って、藤原秀衡(ひでひら)が平等院鳳凰堂を模して建立した御堂を再現したもの(4分の1スケール)。

ホントはもっと数百メートル向こうにあるから遠近感を出すために4分の1スケールで作ったらしい。。。

あと、ここのいくつかの建物には、歴史の説明をする放送が流れているんだけど、たまにカサカサって明らかにページをめくってる音が聞こえてきてとても気になりました。

-----

次は、源義経の最期の地と言われている高館(たかだち)というところに建てられている義経堂(ぎけいどう)に行く。

ここで少し簡単に歴史に触れておこう。

【奥州藤原氏と源義経】

源義経は、後に鎌倉幕府をひらく源頼朝の弟であり、歴史的にも他に類を見ないほどの悲劇の英雄として有名だ。

平治の乱の後、まだ赤ん坊だった牛若(後の義経)は、その母親である常盤御前の命乞いにより助けられ、鞍馬寺へ預けられることとなる。

自分の出生を知った牛若は、打倒平家を望み武芸に励み、鞍馬寺を脱出して奥州藤原氏(三代目の藤原秀衡)に身をよせる。

奥州藤原氏というのは、当時その領内でとれる金などのおかげで朝廷や平家にも勝るとも劣らない独自の文化を築いて栄えていた一族だ。
その黄金文化を象徴する最たるものが、中尊寺金色堂である。
また、義経と最も深く関わる三代目藤原秀衡の時期が藤原氏の絶頂期である。

その後、伊豆で兄の頼朝が平家追討の挙兵をしたことを聞くなり、義経は共に平家を討つため、兄頼朝の下を訪れる。

そこで兄弟の涙の初対面を果たす。
だが、頼朝は、義経が秀衡の家臣を連れてきたことを良く思わず、逆に義経に対して不信感を抱いてしまう。

頼朝にとっては、平家追討の後には、奥州藤原氏もいずれ滅ぼさなければならない敵であったからだ。

義経はその後、鵯(ひよどり)越えの奇襲(断崖絶壁を馬で駆け下りるアレ)で有名な一の谷の戦い、那須与一(なすのよいち)の扇の的のエピソードで有名な屋島の戦いと、次々と勝利をおさめ、そして、ついには壇ノ浦の戦いにて平家を滅ぼすという大手柄を立てるわけだ。

だが、義経は頼朝の許可もなく、しかも奥州藤原氏の家臣と共に、朝廷から位を受けたことなどを頼朝に咎められて追われる身となってしまう。

そして、義経は再び平泉を訪れ藤原秀衡の庇護を受ける。藤原氏としても、義経をかくまうようなことをすれば頼朝を敵にまわすことにはなってしまうけど、これを機に頼朝を倒そうと考えていたようだ(「その時歴史が動いた」でそう言っていた)。

だが、そんな折、秀衡が死んでしまう。
その際、子である国衡、泰衡、そして義経に、三人で力を合わせて頼朝を倒すようにと遺言を残すのだが、泰衡は頼朝の圧力に屈してしまい、ついに義経を襲う。このときの有名なエピソードが仁王立ちの弁慶の話だ。

そして、義経は家臣に館に火をかけさせて自害してしまう。

また、頼朝は、泰衡に対しても、義経をかくまったことをとがめて、結局藤原氏も滅ぼしてしまう。

あれだけ兄を慕って大手柄を立てながらも、藤原氏を頼ったばかりに、頼朝の不信感を買ってしまい結局実の兄に殺されてしまう義経も悲劇だが、あれだけ栄えていた藤原氏が義経を庇護したばかりに、頼朝に滅ぼされてしまう、というのもまた悲劇かもしれない。

-----

なんか簡単な説明じゃなくなった気がするけど。。
それはさておき、義経が自刃した場所に建てられたという高館義経堂に行ってきた。

■高館義経堂(たかだちぎけいどう)

 住所 岩手県平泉町平泉柳御所14
 電話 0191-46-3300
 営業時間 8:30~17:00(11/5~4/4は~16:30)
 料金 200円
 駐車場 20台
 お勧め ★★★☆☆

           20070204_275_gikeido_filtered_s

ひっそりと小高い山の中腹に建てられている。
そして、ここからは北上川と遠く山々が見渡せる。
この日は天気があまり良くなかったけどいい景色だ。

           20070204_283_natsukusaya_filtered_ss

平泉滅亡からおよそ500年後、俳聖松尾芭蕉がこの地を訪れ、この場所から北上川を見渡しながら有名な詩を残したため、ここにはその詩の碑も建てられている。

            20070204_260_ss

         「夏草や 兵(つわもの)どもが 夢の跡」

-----

夜は、そのまま南下し、4県目(1道3県目)宮城県に突入。
適当な温泉を探す。

■加護坊温泉 さくらの湯

 住所 宮城県大崎市田尻小塩八ツ沢37-1
 電話 0229-39-3388
 営業時間 10:00~22:00
 定休日 第2火曜
 料金 2時間400円、一日600円
 駐車場 250台
 露天 あり
 無料休憩所 あり
 ぬるめの浴槽 あり
 お勧め ★★★☆☆

割と市街地から近くにあるというアクセスの良さからなのか、とても混んでいた。これまで行ったどこの温泉よりも混んでいたと思う。

掛け流しではないので、少し塩素の匂いがした。
でも安いし、露天は広くてぬるかったのでゆっくり浸かって満足。

明日は、日本三景のひとつ。かな。

------------------------------

本日の走行距離:150km 累計走行距離:7,235km

|

« 幸せを思う | トップページ | 日本三景其ノ壱 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/191013/13793921

この記事へのトラックバック一覧です: 夢の跡:

» 屋島 [屋島]
屋島 [続きを読む]

受信: 2007年2月 5日 (月) 18:27

» 伊豆観光 [伊豆観光案内]
伊豆観光に関する情報を掲載しています。 [続きを読む]

受信: 2007年2月 6日 (火) 17:56

« 幸せを思う | トップページ | 日本三景其ノ壱 »