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2007年3月17日 (土)

しづやしづ

【今日の天気】 晴れときどき曇り

今日は、北上。
再び奈良を縦断していく。

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十津川沿いに北上すると、日本でも有数の吊橋がある。

■谷瀬の吊橋
 住所 奈良県吉野郡十津川村上野地
 電話 07466-2-0001(十津川村観光課)
 期間 通年
 営業時間 見学自由
 料金 無料
 駐車場 50台(有料)
 お勧め ★★★☆☆
 特記 長さ297m、高さ54m

           20070317_606_tanise_s

風が強くてちょっと怖い。

こんな感じ↓

           20070317_614_tanise_ss

20人までしか一度に渡れないみたい。
足場は、線路のレールみたいな木の骨組みの上に、対して厚くない木の板が乗っかってる感じなので、勢いよく歩くと板が割れるんじゃないか多少不安。。

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吉野山に源義経にゆかりのある神社があるので行ってみる。
途中、吉野神宮に寄っていく。

■吉野神宮
 住所 奈良県吉野郡吉野町吉野山3226
 電話 0746-32-3088
 期間 通年
 拝観時間 8:30~17:00
 料金 無料
 駐車場 数十台(1時間まで)
 お勧め ★★★☆☆


           20070317_650_yoshino_s_1

祭神は後醍醐天皇である。以上。。

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この辺は、他にもたくさんの神社やお寺があるんだけど、吉水神社以外は興味がなかったのでスルー。

■吉水神社(吉野山)
 住所 奈良県吉野郡吉野町吉野山579
 電話 07463-2-3024
 期間 通年
 拝観時間 9:00~17:00
 料金 400円
 駐車場 8台(見つからず)
 お勧め ★★★★★
 特記 世界遺産

 
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今日のタイトルは、ここでの義経と静のエピソードに因んでいる。わかるかな。
それに関して簡単に解説。

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【源義経と静御前】

源義経と言えば。
武蔵坊弁慶。。。もそうなんだけど、義経の愛妾静御前も忘れてはいけない。

かなり過去の記事(岩手県は平泉を訪れたとき)で、義経の生涯の(超)概要を書いたことがあったけど、壇ノ浦で平家を追討した後に、朝廷から官位を授かったことをきっかけに、頼朝から追われる身となる義経一行。

その際、途中で静御前も合流して一緒に吉野山まで逃れてくるんだけど、そのとき彼らが身を潜めていたのがこの吉水神社なのである。

ただし、その当時はまだ吉水神社という名ではなく、吉水院(きっすいいん)というただの僧坊(僧たちが住んでる家)だった。
(明治維新後の神仏分離の際に後醍醐天皇を主祭神とした吉水神社となる)

そして、義経と静はここで今生の別れをすることとなる。
静が子供を身籠っていたので、一緒に行くと足手まといになるから、とも云われているが詳細はよくわからない。

そして、静を残し、義経や弁慶らは山伏(やまぶし。山中で仏道修行をする僧)に扮装して、白雪の積もる吉野の山中へと姿を消していく。。。
その後、義経らは比叡山延暦寺にいったん身を寄せ、さらに奥州藤原氏を頼って、北陸道を通って北上していった。
その地で非業の最期を遂げる話は以前にも記した通りである。

一方、静は僧兵に捕らえられ、鎌倉の頼朝のもとに送られ、鶴岡八幡宮で白拍子を舞うよう命じられる。

本来であれば、当然、鎌倉様(頼朝)を祝うような舞を踊るべき状況であるのに、静は義経を想った歌を唄うのである。それが。。

   吉野山 峰の白雪 踏み分けて
    入りにし人の 跡ぞ恋しき

   しづやしづ しづのをだまき くり返し
    昔を今に なすよしもがな

一句目はわかりやすくて、「吉野山の白雪を踏み分けて、山の中に姿を消していく(義経の)後姿が恋しい」といった意味。

二句目は難しくてよくわからないんだけど、調べてみると、しづというのは布地のことで、をだまきというのは、布を織るときに糸を巻いておく筒状のものらしい。

だから「しづを織るをだまきの糸を手繰り寄せるように、もしくは、しづを織るをだまきが繰り返すように、昔にまた戻ってあの人(義経)に会いたいなぁ」といった感じか。

あと、しづには静もかかっているので、「静や、静、と何度も繰り返し呼ぶあの人(義経)にまた昔のように会いたいなぁ」という意味も込められているらしい。

どちらにしても、恋しい義経を討とうとする頼朝に対する静なりの抵抗だったのだろう。

結局、その後、静は子供を産むけど、男の子だったためにその子は由比ヶ浜に埋められてしまい(沈められたとも云われる)、静自身は京に帰されるけどその後の消息は不明とのこと。
義経と別れ、子も失い、失意の中で自殺したとも云われている。

というあまりに悲しい話。。。

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ちなみに、ここで義経が逃げる時間を稼ぐために、奥州平泉を出兵したときからの家臣である伊勢三郎や佐藤忠信(元は藤原秀衡の家臣)が残り、奮戦した末に戦死している。

吉水神社の建物の中には、義経やその家臣たちの武具類がたくさん展示されている。

        20070317_722733_mix

左の鎧は義経のもの、右側は左上から弁慶の7つ道具の一つで武装槍、隣が静御前用の鎧の一部、下の段左が弁慶の籠手、右下が佐藤忠信の兜。

これらの武具は、本当に彼らが使用していたものなのだろうか、と疑いたくなるくらい無造作に簡易的なガラスケースの中に並べられている。。相当貴重な物たちだと思うんだけどね。

義経、弁慶、静、佐藤忠信って。。。そうそうたるメンバーでしょ。

ところで。
私は、義経、というとテレビで見た(年末か年始の)ドラマスペシャルのイメージが強く(大河ドラマは見ていない)、私の中での義経のイメージは、少年隊の東山紀之か、野村宏伸なのである。

そのどちらか(どちらかは忘れたけど)は、義経も静も死ぬことなく追っ手から逃れて、二人一緒に海岸沿いを歩いて行くラストシーンで終わっていた、と思う。

海を渡ってチンギス・ハーンになった、というのはちょっと行き過ぎな伝説だとは思うけど、最後の最期まで悲劇に終わるとされる史実(定説)よりも、そのドラマのラストのように、二人で落ち延びてどこかでひっそりと暮らして幸せのうちにその生涯を閉じる、という結末であって欲しいと願うのは私だけではないだろう。

そう願う人たちによって生まれたのが「判官(ほうがん)びいき」という言葉でもある。

話が少しそれたけど、ここ吉水神社は、義経だけじゃなくて、実は後醍醐天皇や豊臣秀吉とも縁がある神社でもあり、それらにまつわる重要文化財の類がザックザクだ。

部屋の中をいくつか撮影。

           20070317_685677715_filtered_mix 

左上が、後醍醐天皇玉座。
左下が、義経・静御前潜居の間。
右が、弁慶思案の間。

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【後醍醐天皇と吉水院】

後醍醐天皇は。。。まぁ建武の新政をした人で。。。
この辺の歴史は苦手なのでよくわからないんだけど、建武の新政は武士をないがしろにしていたから、武士たちに嫌われて、それを代表する足利尊氏が新しい天皇を立てて、自分は征夷大将軍に任命してもらって幕府を開く(これが後の室町幕府)。

でも、後醍醐天皇はそんなん認めないよってことで、吉野に逃れて、独自の政治を続ける。

その際、天皇が行宮(あんぐう。天皇が皇居を出た際に、一時的に宮殿として使う施設のこと)として定めたのが、ここ吉水院というわけである。

結果、北は京都に尊氏が立てた天皇(光明天皇)、南は吉野に後醍醐天皇、と同時期に二つの朝廷が存在することになったので、区別のために、北を北朝、南を南朝とすることになる。
これが、後に南北朝時代と呼ばれるわけだ。

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この辺の時代はハチャメチャなだけに、ちゃんと勉強したらおもしろいんだろうなぁ。

さらに、この神社は世界遺産でもある(「紀伊山地の霊場と参詣道」として)。

さらにさらに、ここは「一目千本(ひとめせんぼん)」と呼ばれる、吉野山一面に広がる桜の景色を眺めることができる名所でもある。

そこで出てくるのが秀吉だ。

秀吉とここがどう関係あるのかと言うと。
桜の名所ということで、秀吉は大名を引き連れて吉野に来ては盛大な花見の宴を催して、お茶の会やらお能の会やら歌の会やらを開いて数日間滞在することがあったそうだ。

そのときに、本陣として滞在したのがこの吉水神社(当時の吉水院)というわけである。

           20070317_671_hitome_filtered_s

今日はまだぜんぜん咲いてないけどね。。

ここには、他にもおもしろいものがあるので紹介。

        20070317_713_700_filtered_mix

右上と左下は、金屏風なんだけど、上述した秀吉の花見の際に使用したとされるもの。
右上は、狩野永徳作の「桜の図」。
左下は、狩野山雪作の「竹の図」。

狩野永徳は、信長・秀吉に仕えたことがある桃山文化を代表する絵師。この人の名前は中学校の歴史の教科書にも出てくるから、文化史に疎い私でも聞いたことくらい覚えはある。
狩野山雪は、永徳の弟子にあたる狩野山楽の弟子だ。

右下は襖絵で、狩野山雪作の「舞鶴」。

これらもかなり貴重な品々だとは思うんだけど、どれも特に保護されたケースなどに入っているのではなく、普通に部屋の脇に立て並べられている。

また、庭園もなかなか趣があり、獅子脅しが時おりキレイな音色を奏でているのを聴くこともできる。

神主さんは、気さくな方で話しやすく、いろいろと気遣ってくれたり、話をしてくれたりした。

そんなわけで、吉水神社。
吉野に行くことがあるならば是非訪れてもらいたい場所だ。

最後にひとつ訂正情報だけど、以前鶴岡八幡宮を訪れたときの記事に、舞殿の説明で「静御前が舞った舞殿」と書いたが、実はその当時鶴岡八幡宮には、まだ舞殿はできていなかったので、静御前が実際に舞った場所は若宮社殿の回廊だったらしい。訂正します。

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■奈良御所(ごせ)・葛城の郷 かもきみの湯
 住所 奈良県御所市五百家333
 電話 0745-66-2641
 営業時間 10:00~23:00(受付は~22:00)
 定休日 無休
 料金 500円
 駐車場 220台
 露天 あり
 無料休憩所 あり
 ぬるめの浴槽 なし
 特記 一部源泉かけ流し?
 お勧め ★★★☆☆

都市型天井開放型露天風呂(そんな言葉ないけど)。
街の中にある温泉施設は周りの壁が高くて景色が楽しめないためか、露天の敷地を広くとり、上方を思いきり開放しているタイプが多い。

源泉と書かれた浴槽も塩素の匂いが。。

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明日は休日にしようかなー日曜だし。

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本日の走行距離:161km 累計走行距離:11,699km

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