2007年3月19日 (月)

昭和の名城

【本日の天気】 晴れのち曇り

今日は、Willcomのデータ端末を交換してもらいに(果たしてできるのか)、まずは昨日のヤマダ電機に行く。その後は大阪城の予定。

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ってことで、事情を説明して、PCカードは使えないからExpressカードの規格の端末に交換して欲しい旨を伝えると。。。

ダメー。(あっさり)
基本的に一度契約したらもう機種交換はできないとのこと。。

ってことで、機種変更扱いでExpressカードに換えてもらった(あっさり)。
当然機種変更代金発生。事務手数料はサービスしてくれたけど、それでも諭吉が一人消えた。。

ただでさえお金ないってのに。。
もっと粘ったら値引きくらいはしてくれたかなぁ。
でもめんどいからやめた。

いつも住み慣れてる街の行き慣れてる電気屋だったらもう少し粘って頼み込んだかもしれないけど、なんか知らない土地の初めての店だから、アウェイな感じがして、攻めるのに気が引けてしまった。

そんで、さらに、その機種変更手続きに2時間以上も待たされた。。

商品もらって、駐車場でつないでみたら、今度はうまくセッティングできてつながった。
けど、なぜか、なんかマウスのポインタの動きがおかしくなった。。
嫌なことって続くんだよね。。
(結局、それは、ドライバと一緒にインストールされる変なソフトをアンインストールしたら直った。。)

それから大阪へ向かうも、大阪に入ると大渋滞。。
嫌なことって続くんだよね。。

これほどの渋滞はこの旅でも初めてかもしれない。
結局、大阪城の駐車場に付いたのは16:30。。。

しかも天気は崩れて完全に曇り。
嫌なことって。。

せっかくの大阪城なのに。
テンションは下がる一方。。

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■大坂城(大阪城)
 住所 大阪府大阪市中央区大阪城1-1
 電話 06-6941-3044
 期間 通年
 営業時間 天守閣 9:00~16:30
      (GW・夏季、特別展開催期間中などは夜間開館あり)
 定休日 無休
 料金 600円
 駐車場 300台(350円/1時間)
 お勧め ★★★★☆
 特記 登録有形文化財(天守)

大坂城。現在の天守は昭和の建築だから、むしろ大阪城か。
天守は、登録有形文化財(?)である。

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【重要文化財と登録有形文化財】

文化・歴史・学術などの観点から、価値があり、後世に残すべきものが文化財と呼ばれるもので、建造物・美術工芸品のように形があるものが有形文化財。(形がない演劇などは無形文化財)

有形文化財のうち、歴史的にも学術的にも価値が高いと判断されて国が指定して登録するのが、重要文化財。

でも、それだけだと、基準が厳しかったり、国が厳選するだけあって、なかなか決まるもんも決まんなくて、そうこうしてるうちに貴重な建造物とかはどんどんなくなってっちゃうよどうすんのさ、ってなことで新設されたのが登録有形文化財というもの。

これは文部科学大臣が指定する。
基準も重要文化財よりは緩くなっている、というわけ。

ちなみに、重要文化財の中で、世界的観点から見ても極めて歴史的価値が高いものについては、国宝として登録される。
だから国宝も重要文化財の一種。

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さて。16:30に着いてもなぁ。
しかも駐車場は18:00までに閉まると言う。。

まぁ何はともあれ行ってみる。

天守に至るまでの最短ルートで見ていったものをダイジェストで。

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一番左は、外濠(そとぼり)の石垣。石垣のほとんどは当時の遺構そのままだそう。
へー。すごい。さすがにかなり高くキレイに積まれてますなー。

堀も広い!名古屋城の外堀もかなり広かったけど、大阪城の方が少し広いかも。
ってゆーか、名古屋城の場合、敷地の全てを堀で囲んでいる感じではなかったけど、大阪城の外濠は周囲全部を堀で囲われてる感じ。
本来の外濠の姿はこうなのだろう。

ちなみに、写っている櫓は、当時の遺構の「六番櫓」で重要文化財。

写真真ん中は、大手門を見守るように建つ「千貫櫓(せんかんやぐら)」。重要文化財。城内建築物の中でも最も古い。

その名の由来は、石山本願寺の時代に遡る(秀吉がここに大阪城を建てるさらに前、戦国時代の頃は、ここらは石山本願寺の敷地だった)。
この櫓は、江戸に入ってから建てられたものではあるが、石山本願寺時代にも、この櫓に相当する、大手門を守る櫓があったのである。

そして、当時、織田信長が石山本願寺攻めをする際に、「あの櫓さえ落とせるのなら銭千貫(貫はお金の単位)出しても惜しくはない」と言ったというエピソードが名前の元になっているらしい。

一番右の写真は、その「大手門」。つまり城への入り口。
これも当時の遺構で重文(重要文化財のことを重文と略していうらしい)。ただし、江戸後期に大掛かりな補修を行っている。

次。

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一番左は、「多聞櫓」。
名前の由来は、松永久秀(東大寺の大仏殿に火をかけた極悪人だ)が、大和(奈良)に多聞城を築いたときに初めて築かれた様式で、塁上に築く長屋状の櫓のことを指すらしい。

真ん中は、内濠。なぜか水がない。
名古屋城のときも内濠には水がなかった。理由はよくわからないけど。。

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【大阪城と堀】

大阪城と言えば、堀がひとつの見所である。
大阪冬の陣では、城は落ちなかったんだけど、その要因はやはりこの大規模な堀の存在があったからと言われている。

本丸の堀や、二の丸の堀も大したものだが、軍事要塞としての大坂城の特異性を最も表しているのは、惣掘と呼ばれる堀である。

当時、大坂城がある本丸の周りに、まず第一の堀があり、その外側に二の丸と第二の堀、そしてそのさらに外側に城下町が広がっていたのだが、秀吉は、その城下町すべてを取り囲むように第三の堀(惣掘)を作ったのである。

冬の陣では、この全長4kmにも及ぶ惣掘のおかげで、徳川軍はついに城を落とすことはできなかった。(もちろん、名将真田幸村の大活躍も特筆すべきだけど)

そんなわけで冬の陣の後の和議において、徳川軍は軍を引く代わりに、惣掘を埋めることを要求する。

豊臣側は、惣掘だけを埋めるのかと思っていたのだが、徳川軍は惣掘だけでなく、その内側の二の丸の堀も埋め始める。
それじゃ約束が違う、と豊臣側は文句を言うけど、家康は、埋め立てを担当してる奉行が「惣掘」と「総掘」を間違えたんだろう、とかすっとぼけて、そうこうしてるうちに二の丸の掘もすべて埋めてしまう。

で、結局、豊臣側が二の丸を掘り返そうとしたら、それは徳川に対する謀反である、とか難癖をつけて再度大坂城攻撃を開始する。
これが大阪夏の陣だ。

夏の陣では、もはや掘のない状態では籠城もままならず、豊臣軍は大敗、秀頼(秀吉の息子)と、その母である淀殿(信長の姪にあたる)は自害して、豊臣家はわずか二代で滅亡するわけである。

ただし、現在の大阪城で見る二の丸の堀を見て、これ全部埋めるの大変だったろうなー、でも今はちゃんと堀があるから、徳川がまた堀り直したのかなー、とか悩まないように。
現在の堀は、大阪の役で問題になったその堀ではない。
本丸の堀も二の丸の堀も、豊臣時代の堀と徳川時代の堀は別物なのである。

徳川時代の城や石垣などは、豊臣時代の城の跡を埋め立ててその上に築城しているので、例の堀は地下にまだ埋まったままなのだ。
そんなわけで、徳川の本丸の地下から豊臣時代の石垣の遺構が一部見つかっているらしい。(石山本願寺はさらにその下にあるのだろうか。。謎)

さらには、近年(2003年?)、一番外の惣掘の一部も見つかったようで、現在も発掘が進んでいるらしい。

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さて。最後、一番右は「桜門(さくらもん)」。
この辺に、桜並木があったと思われる。
門の中から向こうには、すでに天守閣が顔を出している。

この門は明治20年に復元されたものではあるが、これも重文である。

ってことで、いよいよ天守閣。

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天気悪!
豪華絢爛な大阪城は青空をバックに撮りたかったな。。

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なぜか南国調。。
しかし、やはり大阪城、派手。
信長の安土城が現存してたら、そっちの方が派手さでは勝っていたかもしれないけど、現在見ることができる天守の中では、大阪城が一番派手だろう。

この天守、昭和6年に復元されたものなんだけど、実は、この天守の構造は豊臣時代のものでも徳川時代のものでもない。
どうも、徳川時代の天守台の上に豊臣時代の天守が乗っかってるような作りになっているらしい。
確かに一番上だけちょっと違うもんね。。

復元された天守とは言え、この城は徳川豊臣それぞれの時代の城のいいとこ取りした作りになっていて、専門家に言わせれば、これはこれで昭和の名建築なのだそうだ。
それで、その後復元されていく各地の天守の見本になっているそうな。。

と、外観写真をいつも通り撮っていたら、城の方から何やら音楽が流れ始めた。。嫌な予感。。
近くに行ってみると入り口は閉ざされ、本日は終了しましたの文字が。。。

ってゆーか、入場は16:30までだったらしい。
そして、現在は17:00。。ぜんぜんダメじゃん。。

ということで、いいことなしの一日でした。
でも、大阪城、嫌いじゃないです。

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 ■スパバレイ枚方南(3回目)
 住所 大阪府枚方市津田山手1-24-1
 電話 072-808-4126
 営業時間 10:00~翌1:00(受付は~24:00)
 定休日無休
 料金 390円(土日祝は390円)
 駐車場 180台
 露天 あり
 無料休憩所 なし
 ぬるめの浴槽 なし
 お勧め ★★★★☆

ここは3度目。
1回目は、奈良から京都へ向かう途中。
2回目は、京都から奈良へ向かう途中。
3回目は、大阪から京都へ向かう途中。

昨日の道の駅「大和路へぐり」と一緒で、場所がとてもいい位置にあるんだよね。
大阪枚方市の中でも、京都寄りの奈良寄り。
だからそれぞれの県を行き来するときに大体通り道になる。

ここは源泉掛流しではないんだけど、最近はあまり気にしなくなってきた。あまりにも塩素臭がするのは嫌だけど、ここはそれほどでもない。

最近マイブームのサウナは広くてテレビ付き。
露天には、私の好きな壺湯もあるし、決して視界はそんなに広くはないけど、高台に建っているので枚方の夜景を眺めることもできる。

さらに、温泉施設自体がまだできてそんなに経ってないから、とてもキレイで清潔的なのも好印象。

そして、何より何より、安い。
この設備で390円は他に類を見ない。

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今日は、名神高速の桂川PAで一泊。
ここも2度目。。

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本日の走行距離:108km 累計走行距離:11,848km

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2007年3月18日 (日)

今更ながら

【本日の天気】 曇りのち晴れ

今日は、起きたらもう12時を回っていたので(何度も眼が覚めたけど起きる気がなかった)、予定通り休日とした。

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夕方までは、道の駅で本を読んだり、たこ焼き買って食べたり、昨日一昨日あたりのブログ更新したり。。

ちなみに、ここの道の駅に寝泊りするのはもう3回目だったりする。
今夜もここに泊まるから、それで合計は4泊目になる。

位置的に、奈良や郡山といった街まで30分くらいで出れるし、大阪との県境近くだから大阪に行くのも便利、奈良県のはずれにあるので京都に抜けるのにもあまり渋滞しない。
車中泊の旅をしている人にはお勧めの拠点だ。

そんなに大きな道の駅ではない(45台しか停められない)んだけど、昼になると駐車待ちの車が出るくらいで、建物内では物産品をたくさん売っていて、大勢の人で賑わっている。

それと、特筆すべきはここの売店で売っているたこ焼きとキャベツ畑(という商品名)だ。

たこ焼きは、以前ここに来たときも買ったんだけど、なぜかソースも青のりもマヨネーズも何もかかっていない。
最初はかけ忘れかと思ったんだけど、食べてみるとそうではないことに気付く。
たこ焼きの生地自体にだし汁のような味がすでにしみ込んでいるのである。
明石焼きのあのだし汁が生地に練り込まれているような感じだ。
そしてそれがまたおいしい♪
8個入りで300円なり。

それから、キャベツ畑。
これは何かと言うと、お好み焼きの生地を薄くしたようなもの(まぁたこ焼きの生地を平らに伸ばしたものと言っても大体同じ)の間にキャベツの炒めたものと目玉焼きがはさんである(味付けはソース)、というシンプルな食べ物。

これがまたおいしい♪そしてなんと100円!
生地は薄いと言ってもクレープみたいなんじゃなくて2~3mmはあるから、結構食べ応えもありこれで100円ならば毎日食べたいところだ。

この道の駅に来ることがあったらどちらも是非おすすめする。

あ。道の駅の情報ね。以下↓

■大和路へぐり(道の駅)
 住所 奈良県生駒郡平群町大字平等寺75-1
 電話 0745-45-8511
 営業時間 10:00~19:00(レストランは9:30~18:00)
 料金 無料
 駐車場 45台
 お勧め ★★★★★

道の駅を紹介したのは実は意外とこれが初めて。

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さて。今日は、郡山あたりまで出て、ヤマダ電機に行った。

今更ながら、といった感はあるんだけど、データ通信の手段をAirEdgeに変えるため。(ホント今更だよなぁ。。)

今までは、携帯(FOMA)のパケット通信を利用していたんだけど、FOMAだけあってモバイルにしては割と通信は速いんだけど(384kbpsだったかな)、料金がかなり高い。
使い放題ってプランがなくてパケット量に応じた従量制なんだね。

この請求料金が想像以上に私の旅費予算を圧迫しているので、今回AirEdge導入に踏み切った次第である。

それで、無事契約して、機種代もサービスにしてくれてラッキーとばかりに喜んで、さっき設定しようとしたんだけど。。まずドライバがインストールできない。
なんか「お前のパソコンじゃあ、これは使えねーぜ」ってなエラーメッセージ。。。

どうやら、そういうことらしい。。。
私のパソコンはPCカードに対応してない(Expressっていう次世代のI/Fしかない)のに、PCカードの機種を買ってきてしまったのである。
ショック。。。
そう言えばExpressのカードも1種類だけ並んでたなぁ。。。

ということで、明日はまずはヤマダ電機だ。
無償で交換してくれればいいけど。。

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■学園前やまとの湯
 住所 奈良県奈良市鶴舞西町2-38
 電話 0742-48-2641
 営業時間 10:00~翌1:00
 定休日 無休
 料金 650円(土日祝は700円)
 駐車場 174台
 露天 あり
 無料休憩所 あり
 ぬるめの浴槽 なし
 特記 三重県亀山から源泉を運んでいる
 お勧め ★★★☆☆

上述したように、ここは源泉があるわけではなく、三重県亀山市にあるタートル温泉(すごい名前だ)の源泉から得られたお湯を運んできているらしい。
でも、入っている分には分からない。

露天は周囲を壁に覆われ、天井もふさがっているので景色は楽しめないけど、露天の敷地自体に木が植えられていたりして、日本庭園風な情緒を楽しむことができる。

でも値段を考慮すると★3つ。(最近少し辛口)

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本日の走行距離:41km 累計走行距離:11,740km

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2007年3月17日 (土)

しづやしづ

【今日の天気】 晴れときどき曇り

今日は、北上。
再び奈良を縦断していく。

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十津川沿いに北上すると、日本でも有数の吊橋がある。

■谷瀬の吊橋
 住所 奈良県吉野郡十津川村上野地
 電話 07466-2-0001(十津川村観光課)
 期間 通年
 営業時間 見学自由
 料金 無料
 駐車場 50台(有料)
 お勧め ★★★☆☆
 特記 長さ297m、高さ54m

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風が強くてちょっと怖い。

こんな感じ↓

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20人までしか一度に渡れないみたい。
足場は、線路のレールみたいな木の骨組みの上に、対して厚くない木の板が乗っかってる感じなので、勢いよく歩くと板が割れるんじゃないか多少不安。。

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吉野山に源義経にゆかりのある神社があるので行ってみる。
途中、吉野神宮に寄っていく。

■吉野神宮
 住所 奈良県吉野郡吉野町吉野山3226
 電話 0746-32-3088
 期間 通年
 拝観時間 8:30~17:00
 料金 無料
 駐車場 数十台(1時間まで)
 お勧め ★★★☆☆


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祭神は後醍醐天皇である。以上。。

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この辺は、他にもたくさんの神社やお寺があるんだけど、吉水神社以外は興味がなかったのでスルー。

■吉水神社(吉野山)
 住所 奈良県吉野郡吉野町吉野山579
 電話 07463-2-3024
 期間 通年
 拝観時間 9:00~17:00
 料金 400円
 駐車場 8台(見つからず)
 お勧め ★★★★★
 特記 世界遺産

 
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今日のタイトルは、ここでの義経と静のエピソードに因んでいる。わかるかな。
それに関して簡単に解説。

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【源義経と静御前】

源義経と言えば。
武蔵坊弁慶。。。もそうなんだけど、義経の愛妾静御前も忘れてはいけない。

かなり過去の記事(岩手県は平泉を訪れたとき)で、義経の生涯の(超)概要を書いたことがあったけど、壇ノ浦で平家を追討した後に、朝廷から官位を授かったことをきっかけに、頼朝から追われる身となる義経一行。

その際、途中で静御前も合流して一緒に吉野山まで逃れてくるんだけど、そのとき彼らが身を潜めていたのがこの吉水神社なのである。

ただし、その当時はまだ吉水神社という名ではなく、吉水院(きっすいいん)というただの僧坊(僧たちが住んでる家)だった。
(明治維新後の神仏分離の際に後醍醐天皇を主祭神とした吉水神社となる)

そして、義経と静はここで今生の別れをすることとなる。
静が子供を身籠っていたので、一緒に行くと足手まといになるから、とも云われているが詳細はよくわからない。

そして、静を残し、義経や弁慶らは山伏(やまぶし。山中で仏道修行をする僧)に扮装して、白雪の積もる吉野の山中へと姿を消していく。。。
その後、義経らは比叡山延暦寺にいったん身を寄せ、さらに奥州藤原氏を頼って、北陸道を通って北上していった。
その地で非業の最期を遂げる話は以前にも記した通りである。

一方、静は僧兵に捕らえられ、鎌倉の頼朝のもとに送られ、鶴岡八幡宮で白拍子を舞うよう命じられる。

本来であれば、当然、鎌倉様(頼朝)を祝うような舞を踊るべき状況であるのに、静は義経を想った歌を唄うのである。それが。。

   吉野山 峰の白雪 踏み分けて
    入りにし人の 跡ぞ恋しき

   しづやしづ しづのをだまき くり返し
    昔を今に なすよしもがな

一句目はわかりやすくて、「吉野山の白雪を踏み分けて、山の中に姿を消していく(義経の)後姿が恋しい」といった意味。

二句目は難しくてよくわからないんだけど、調べてみると、しづというのは布地のことで、をだまきというのは、布を織るときに糸を巻いておく筒状のものらしい。

だから「しづを織るをだまきの糸を手繰り寄せるように、もしくは、しづを織るをだまきが繰り返すように、昔にまた戻ってあの人(義経)に会いたいなぁ」といった感じか。

あと、しづには静もかかっているので、「静や、静、と何度も繰り返し呼ぶあの人(義経)にまた昔のように会いたいなぁ」という意味も込められているらしい。

どちらにしても、恋しい義経を討とうとする頼朝に対する静なりの抵抗だったのだろう。

結局、その後、静は子供を産むけど、男の子だったためにその子は由比ヶ浜に埋められてしまい(沈められたとも云われる)、静自身は京に帰されるけどその後の消息は不明とのこと。
義経と別れ、子も失い、失意の中で自殺したとも云われている。

というあまりに悲しい話。。。

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ちなみに、ここで義経が逃げる時間を稼ぐために、奥州平泉を出兵したときからの家臣である伊勢三郎や佐藤忠信(元は藤原秀衡の家臣)が残り、奮戦した末に戦死している。

吉水神社の建物の中には、義経やその家臣たちの武具類がたくさん展示されている。

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左の鎧は義経のもの、右側は左上から弁慶の7つ道具の一つで武装槍、隣が静御前用の鎧の一部、下の段左が弁慶の籠手、右下が佐藤忠信の兜。

これらの武具は、本当に彼らが使用していたものなのだろうか、と疑いたくなるくらい無造作に簡易的なガラスケースの中に並べられている。。相当貴重な物たちだと思うんだけどね。

義経、弁慶、静、佐藤忠信って。。。そうそうたるメンバーでしょ。

ところで。
私は、義経、というとテレビで見た(年末か年始の)ドラマスペシャルのイメージが強く(大河ドラマは見ていない)、私の中での義経のイメージは、少年隊の東山紀之か、野村宏伸なのである。

そのどちらか(どちらかは忘れたけど)は、義経も静も死ぬことなく追っ手から逃れて、二人一緒に海岸沿いを歩いて行くラストシーンで終わっていた、と思う。

海を渡ってチンギス・ハーンになった、というのはちょっと行き過ぎな伝説だとは思うけど、最後の最期まで悲劇に終わるとされる史実(定説)よりも、そのドラマのラストのように、二人で落ち延びてどこかでひっそりと暮らして幸せのうちにその生涯を閉じる、という結末であって欲しいと願うのは私だけではないだろう。

そう願う人たちによって生まれたのが「判官(ほうがん)びいき」という言葉でもある。

話が少しそれたけど、ここ吉水神社は、義経だけじゃなくて、実は後醍醐天皇や豊臣秀吉とも縁がある神社でもあり、それらにまつわる重要文化財の類がザックザクだ。

部屋の中をいくつか撮影。

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左上が、後醍醐天皇玉座。
左下が、義経・静御前潜居の間。
右が、弁慶思案の間。

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【後醍醐天皇と吉水院】

後醍醐天皇は。。。まぁ建武の新政をした人で。。。
この辺の歴史は苦手なのでよくわからないんだけど、建武の新政は武士をないがしろにしていたから、武士たちに嫌われて、それを代表する足利尊氏が新しい天皇を立てて、自分は征夷大将軍に任命してもらって幕府を開く(これが後の室町幕府)。

でも、後醍醐天皇はそんなん認めないよってことで、吉野に逃れて、独自の政治を続ける。

その際、天皇が行宮(あんぐう。天皇が皇居を出た際に、一時的に宮殿として使う施設のこと)として定めたのが、ここ吉水院というわけである。

結果、北は京都に尊氏が立てた天皇(光明天皇)、南は吉野に後醍醐天皇、と同時期に二つの朝廷が存在することになったので、区別のために、北を北朝、南を南朝とすることになる。
これが、後に南北朝時代と呼ばれるわけだ。

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この辺の時代はハチャメチャなだけに、ちゃんと勉強したらおもしろいんだろうなぁ。

さらに、この神社は世界遺産でもある(「紀伊山地の霊場と参詣道」として)。

さらにさらに、ここは「一目千本(ひとめせんぼん)」と呼ばれる、吉野山一面に広がる桜の景色を眺めることができる名所でもある。

そこで出てくるのが秀吉だ。

秀吉とここがどう関係あるのかと言うと。
桜の名所ということで、秀吉は大名を引き連れて吉野に来ては盛大な花見の宴を催して、お茶の会やらお能の会やら歌の会やらを開いて数日間滞在することがあったそうだ。

そのときに、本陣として滞在したのがこの吉水神社(当時の吉水院)というわけである。

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今日はまだぜんぜん咲いてないけどね。。

ここには、他にもおもしろいものがあるので紹介。

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右上と左下は、金屏風なんだけど、上述した秀吉の花見の際に使用したとされるもの。
右上は、狩野永徳作の「桜の図」。
左下は、狩野山雪作の「竹の図」。

狩野永徳は、信長・秀吉に仕えたことがある桃山文化を代表する絵師。この人の名前は中学校の歴史の教科書にも出てくるから、文化史に疎い私でも聞いたことくらい覚えはある。
狩野山雪は、永徳の弟子にあたる狩野山楽の弟子だ。

右下は襖絵で、狩野山雪作の「舞鶴」。

これらもかなり貴重な品々だとは思うんだけど、どれも特に保護されたケースなどに入っているのではなく、普通に部屋の脇に立て並べられている。

また、庭園もなかなか趣があり、獅子脅しが時おりキレイな音色を奏でているのを聴くこともできる。

神主さんは、気さくな方で話しやすく、いろいろと気遣ってくれたり、話をしてくれたりした。

そんなわけで、吉水神社。
吉野に行くことがあるならば是非訪れてもらいたい場所だ。

最後にひとつ訂正情報だけど、以前鶴岡八幡宮を訪れたときの記事に、舞殿の説明で「静御前が舞った舞殿」と書いたが、実はその当時鶴岡八幡宮には、まだ舞殿はできていなかったので、静御前が実際に舞った場所は若宮社殿の回廊だったらしい。訂正します。

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■奈良御所(ごせ)・葛城の郷 かもきみの湯
 住所 奈良県御所市五百家333
 電話 0745-66-2641
 営業時間 10:00~23:00(受付は~22:00)
 定休日 無休
 料金 500円
 駐車場 220台
 露天 あり
 無料休憩所 あり
 ぬるめの浴槽 なし
 特記 一部源泉かけ流し?
 お勧め ★★★☆☆

都市型天井開放型露天風呂(そんな言葉ないけど)。
街の中にある温泉施設は周りの壁が高くて景色が楽しめないためか、露天の敷地を広くとり、上方を思いきり開放しているタイプが多い。

源泉と書かれた浴槽も塩素の匂いが。。

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明日は休日にしようかなー日曜だし。

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本日の走行距離:161km 累計走行距離:11,699km

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2007年3月 9日 (金)

またまたまた

またまたまたとりあえず行き先。

しばらくはブログ更新よりも、優先されることが何かとあるため、このような状況が続くと思われる。

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■東大寺(奈良公園)
 住所 奈良県奈良市雑司町406-1
 電話 0742-22-5511
 期間 通年
 拝観時間 8:00~17:00(季節により変動あり)
 拝観料金 500円(大仏殿)
 駐車場 周辺の有料駐車場を利用
 お勧め ★★★★★
 
           20070309_545_daibutuden2_m

世界遺産。
大仏(毘盧遮那仏)はもちろん国宝。

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■スパバレイ枚方南
 住所 大阪府枚方市津田山手1-24-1
 電話 072-808-4126
 営業時間 10:00~翌1:00(受付は~24:00)
 定休日無休
 料金 600円(土日祝は750円、各種サウナ利用は1000円)
 駐車場 180台
 露天 あり
 無料休憩所 なし
 ぬるめの浴槽 なし
 お勧め ★★★★☆

着衣のまま入るユニークなサウナがそろう。
が。高いので、入浴のみ。

あ。大阪府。ここはぎりぎり大阪府。京都との県境近くにある。
ので、一応19県目(1道1都1府16県目)になる。
もちろん、大阪はまだこれで終わりではないが。。

そして。
今日の宿は桂川PAという名神高速道のパーキング。
京都府。京都市。
ってことなので。。
つまり。。
実は、20県目(1道1都2府16県目)突入なのである。

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明日は京都の友人二人に会う。

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本日の走行距離:80km 累計走行距離:10,979km

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2007年3月 8日 (木)

またまたとりあえず更新

とりあえず行き先。
道の駅着が昨日も今日も23時。
とてもじゃないがブログ更新は難しい。(でた!言い訳)

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■法隆寺
 住所 奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内
 電話 0745-75-2555
 期間 通年
 拝観時間 8:00~17:00(季節により変動有り)
 拝観料 ¥1000(西院伽藍、大宝蔵院、夢殿)
 駐車場 周辺有料駐車場利用
 お勧め ★★★★★
 特記 世界遺産

国宝、重要文化財のオンパレード。

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■薬師寺
 住所 奈良県奈良市西ノ京町
 電話 0742-33-6001
 拝観時間 8:30~16:30
 拝観料 500円
 駐車場 100台(有料)
 お勧め ★★★★☆
 特記 世界遺産

火災、戦災などでほとんどが焼失。
奈良時代のものは東塔のみ。

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■唐招提寺
 住所 奈良県奈良市五条町
 電話 0742-33-7900
 拝観時間 8:30~17:00(受付は16:30まで)
 拝観料 600円
 駐車場 あり
 お勧め ★★★☆☆
 特記 世界遺産

鑑真ゆかりのお寺。
大部分が修復工事で拝観できませんでした。。

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■若草山(奈良奥山ドライブウェイ)
 住所 奈良県奈良市雑司町
 電話 0742-26-7213(新若草山自動車道株式会社)
 期間 通年
 営業時間 24時間
 料金 ¥510(新若草山コース)
 駐車場 50台
 URL http://www5.kcn.ne.jp/~shinwaka/
 標高 342m
 お勧め ★★★★★
 特記 夜景百選、新日本三大夜景

夜景百選。かつ。新日本三大夜景のひとつ。である。
その視界の広さは、札幌市藻岩山にもひけをとらない。
京都までを見渡すことが可能。

一枚だけ。

        20070308_379380_mtwakakusa_edit_filtered

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■ゆららの湯 押熊店
 住所 奈良県奈良市押熊町2147-1
 電話 0742-40-1126
 営業時間 10:00~翌2:00(土日祝は9:00~)
 定休日 無休
 料金 650円
 駐車場 200台
 露天 あり
 無料休憩所 あり
 ぬるめの浴槽 なし
 お勧め ★★★☆☆

源泉掛流しではない。
塩素の匂いがかなり強い。
でも広くて開放感はある。

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本日の走行距離:75km 累計走行距離:10,899km

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2007年3月 7日 (水)

またとりあえず更新

とりあえず更新。。。

本日、海岸沿いを和歌山まで進むつもりでいたけど、今週末に京都の友人と会うことになったので、進路変更、北上、奈良県に入る。
18県目(1道1都16県目)だ。

今日はほとんど移動のみ。

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■比幾海岸海水浴場
 住所 三重県北牟婁郡紀伊長島町海野
 電話 05974-7-1111(紀伊長島町企画商工課)
 期間 通年
 営業時間 自由
 料金 無料
 駐車場 あり
 お勧め ★★★★☆

特に有名な海岸ではないけど、海水浴場の文字が目に入ったのでいつも通りふらっと寄っていく。

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■きなりの湯
 住所 奈良県吉野郡下北山村上池原282
 電話 07468-5-2001
 営業時間 10:00~22:00(受付は~21:00)
 定休日 第2,4木曜日(祝日の場合翌日休)
 料金 500円
 駐車場 70台
 露天 あり
 無料休憩所 あり
 ぬるめの浴槽 なし
 お勧め ★★★★☆

下北山村というかなりの山奥にある小さな山村の温泉。

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どんどん更新が遅れていくという現象が巷で大流行。

明日は奈良世界遺産巡りなんだけど、古代史って苦手なんだよね。。
なわけで、今夜はその予習で終了。。
中学校の歴史の教科書を持参してるので読み直しました。。

ふむふむ。。
聖武天皇がねー。
へー。
仏教で。
ほー。
ふーん。。。
zzz。。。

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本日の走行距離:232km 累計走行距離:10,824km

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