2007年3月19日 (月)

昭和の名城

【本日の天気】 晴れのち曇り

今日は、Willcomのデータ端末を交換してもらいに(果たしてできるのか)、まずは昨日のヤマダ電機に行く。その後は大阪城の予定。

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ってことで、事情を説明して、PCカードは使えないからExpressカードの規格の端末に交換して欲しい旨を伝えると。。。

ダメー。(あっさり)
基本的に一度契約したらもう機種交換はできないとのこと。。

ってことで、機種変更扱いでExpressカードに換えてもらった(あっさり)。
当然機種変更代金発生。事務手数料はサービスしてくれたけど、それでも諭吉が一人消えた。。

ただでさえお金ないってのに。。
もっと粘ったら値引きくらいはしてくれたかなぁ。
でもめんどいからやめた。

いつも住み慣れてる街の行き慣れてる電気屋だったらもう少し粘って頼み込んだかもしれないけど、なんか知らない土地の初めての店だから、アウェイな感じがして、攻めるのに気が引けてしまった。

そんで、さらに、その機種変更手続きに2時間以上も待たされた。。

商品もらって、駐車場でつないでみたら、今度はうまくセッティングできてつながった。
けど、なぜか、なんかマウスのポインタの動きがおかしくなった。。
嫌なことって続くんだよね。。
(結局、それは、ドライバと一緒にインストールされる変なソフトをアンインストールしたら直った。。)

それから大阪へ向かうも、大阪に入ると大渋滞。。
嫌なことって続くんだよね。。

これほどの渋滞はこの旅でも初めてかもしれない。
結局、大阪城の駐車場に付いたのは16:30。。。

しかも天気は崩れて完全に曇り。
嫌なことって。。

せっかくの大阪城なのに。
テンションは下がる一方。。

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■大坂城(大阪城)
 住所 大阪府大阪市中央区大阪城1-1
 電話 06-6941-3044
 期間 通年
 営業時間 天守閣 9:00~16:30
      (GW・夏季、特別展開催期間中などは夜間開館あり)
 定休日 無休
 料金 600円
 駐車場 300台(350円/1時間)
 お勧め ★★★★☆
 特記 登録有形文化財(天守)

大坂城。現在の天守は昭和の建築だから、むしろ大阪城か。
天守は、登録有形文化財(?)である。

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【重要文化財と登録有形文化財】

文化・歴史・学術などの観点から、価値があり、後世に残すべきものが文化財と呼ばれるもので、建造物・美術工芸品のように形があるものが有形文化財。(形がない演劇などは無形文化財)

有形文化財のうち、歴史的にも学術的にも価値が高いと判断されて国が指定して登録するのが、重要文化財。

でも、それだけだと、基準が厳しかったり、国が厳選するだけあって、なかなか決まるもんも決まんなくて、そうこうしてるうちに貴重な建造物とかはどんどんなくなってっちゃうよどうすんのさ、ってなことで新設されたのが登録有形文化財というもの。

これは文部科学大臣が指定する。
基準も重要文化財よりは緩くなっている、というわけ。

ちなみに、重要文化財の中で、世界的観点から見ても極めて歴史的価値が高いものについては、国宝として登録される。
だから国宝も重要文化財の一種。

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さて。16:30に着いてもなぁ。
しかも駐車場は18:00までに閉まると言う。。

まぁ何はともあれ行ってみる。

天守に至るまでの最短ルートで見ていったものをダイジェストで。

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一番左は、外濠(そとぼり)の石垣。石垣のほとんどは当時の遺構そのままだそう。
へー。すごい。さすがにかなり高くキレイに積まれてますなー。

堀も広い!名古屋城の外堀もかなり広かったけど、大阪城の方が少し広いかも。
ってゆーか、名古屋城の場合、敷地の全てを堀で囲んでいる感じではなかったけど、大阪城の外濠は周囲全部を堀で囲われてる感じ。
本来の外濠の姿はこうなのだろう。

ちなみに、写っている櫓は、当時の遺構の「六番櫓」で重要文化財。

写真真ん中は、大手門を見守るように建つ「千貫櫓(せんかんやぐら)」。重要文化財。城内建築物の中でも最も古い。

その名の由来は、石山本願寺の時代に遡る(秀吉がここに大阪城を建てるさらに前、戦国時代の頃は、ここらは石山本願寺の敷地だった)。
この櫓は、江戸に入ってから建てられたものではあるが、石山本願寺時代にも、この櫓に相当する、大手門を守る櫓があったのである。

そして、当時、織田信長が石山本願寺攻めをする際に、「あの櫓さえ落とせるのなら銭千貫(貫はお金の単位)出しても惜しくはない」と言ったというエピソードが名前の元になっているらしい。

一番右の写真は、その「大手門」。つまり城への入り口。
これも当時の遺構で重文(重要文化財のことを重文と略していうらしい)。ただし、江戸後期に大掛かりな補修を行っている。

次。

        20070319_777_787_mix

一番左は、「多聞櫓」。
名前の由来は、松永久秀(東大寺の大仏殿に火をかけた極悪人だ)が、大和(奈良)に多聞城を築いたときに初めて築かれた様式で、塁上に築く長屋状の櫓のことを指すらしい。

真ん中は、内濠。なぜか水がない。
名古屋城のときも内濠には水がなかった。理由はよくわからないけど。。

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【大阪城と堀】

大阪城と言えば、堀がひとつの見所である。
大阪冬の陣では、城は落ちなかったんだけど、その要因はやはりこの大規模な堀の存在があったからと言われている。

本丸の堀や、二の丸の堀も大したものだが、軍事要塞としての大坂城の特異性を最も表しているのは、惣掘と呼ばれる堀である。

当時、大坂城がある本丸の周りに、まず第一の堀があり、その外側に二の丸と第二の堀、そしてそのさらに外側に城下町が広がっていたのだが、秀吉は、その城下町すべてを取り囲むように第三の堀(惣掘)を作ったのである。

冬の陣では、この全長4kmにも及ぶ惣掘のおかげで、徳川軍はついに城を落とすことはできなかった。(もちろん、名将真田幸村の大活躍も特筆すべきだけど)

そんなわけで冬の陣の後の和議において、徳川軍は軍を引く代わりに、惣掘を埋めることを要求する。

豊臣側は、惣掘だけを埋めるのかと思っていたのだが、徳川軍は惣掘だけでなく、その内側の二の丸の堀も埋め始める。
それじゃ約束が違う、と豊臣側は文句を言うけど、家康は、埋め立てを担当してる奉行が「惣掘」と「総掘」を間違えたんだろう、とかすっとぼけて、そうこうしてるうちに二の丸の掘もすべて埋めてしまう。

で、結局、豊臣側が二の丸を掘り返そうとしたら、それは徳川に対する謀反である、とか難癖をつけて再度大坂城攻撃を開始する。
これが大阪夏の陣だ。

夏の陣では、もはや掘のない状態では籠城もままならず、豊臣軍は大敗、秀頼(秀吉の息子)と、その母である淀殿(信長の姪にあたる)は自害して、豊臣家はわずか二代で滅亡するわけである。

ただし、現在の大阪城で見る二の丸の堀を見て、これ全部埋めるの大変だったろうなー、でも今はちゃんと堀があるから、徳川がまた堀り直したのかなー、とか悩まないように。
現在の堀は、大阪の役で問題になったその堀ではない。
本丸の堀も二の丸の堀も、豊臣時代の堀と徳川時代の堀は別物なのである。

徳川時代の城や石垣などは、豊臣時代の城の跡を埋め立ててその上に築城しているので、例の堀は地下にまだ埋まったままなのだ。
そんなわけで、徳川の本丸の地下から豊臣時代の石垣の遺構が一部見つかっているらしい。(石山本願寺はさらにその下にあるのだろうか。。謎)

さらには、近年(2003年?)、一番外の惣掘の一部も見つかったようで、現在も発掘が進んでいるらしい。

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さて。最後、一番右は「桜門(さくらもん)」。
この辺に、桜並木があったと思われる。
門の中から向こうには、すでに天守閣が顔を出している。

この門は明治20年に復元されたものではあるが、これも重文である。

ってことで、いよいよ天守閣。

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天気悪!
豪華絢爛な大阪城は青空をバックに撮りたかったな。。

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なぜか南国調。。
しかし、やはり大阪城、派手。
信長の安土城が現存してたら、そっちの方が派手さでは勝っていたかもしれないけど、現在見ることができる天守の中では、大阪城が一番派手だろう。

この天守、昭和6年に復元されたものなんだけど、実は、この天守の構造は豊臣時代のものでも徳川時代のものでもない。
どうも、徳川時代の天守台の上に豊臣時代の天守が乗っかってるような作りになっているらしい。
確かに一番上だけちょっと違うもんね。。

復元された天守とは言え、この城は徳川豊臣それぞれの時代の城のいいとこ取りした作りになっていて、専門家に言わせれば、これはこれで昭和の名建築なのだそうだ。
それで、その後復元されていく各地の天守の見本になっているそうな。。

と、外観写真をいつも通り撮っていたら、城の方から何やら音楽が流れ始めた。。嫌な予感。。
近くに行ってみると入り口は閉ざされ、本日は終了しましたの文字が。。。

ってゆーか、入場は16:30までだったらしい。
そして、現在は17:00。。ぜんぜんダメじゃん。。

ということで、いいことなしの一日でした。
でも、大阪城、嫌いじゃないです。

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 ■スパバレイ枚方南(3回目)
 住所 大阪府枚方市津田山手1-24-1
 電話 072-808-4126
 営業時間 10:00~翌1:00(受付は~24:00)
 定休日無休
 料金 390円(土日祝は390円)
 駐車場 180台
 露天 あり
 無料休憩所 なし
 ぬるめの浴槽 なし
 お勧め ★★★★☆

ここは3度目。
1回目は、奈良から京都へ向かう途中。
2回目は、京都から奈良へ向かう途中。
3回目は、大阪から京都へ向かう途中。

昨日の道の駅「大和路へぐり」と一緒で、場所がとてもいい位置にあるんだよね。
大阪枚方市の中でも、京都寄りの奈良寄り。
だからそれぞれの県を行き来するときに大体通り道になる。

ここは源泉掛流しではないんだけど、最近はあまり気にしなくなってきた。あまりにも塩素臭がするのは嫌だけど、ここはそれほどでもない。

最近マイブームのサウナは広くてテレビ付き。
露天には、私の好きな壺湯もあるし、決して視界はそんなに広くはないけど、高台に建っているので枚方の夜景を眺めることもできる。

さらに、温泉施設自体がまだできてそんなに経ってないから、とてもキレイで清潔的なのも好印象。

そして、何より何より、安い。
この設備で390円は他に類を見ない。

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今日は、名神高速の桂川PAで一泊。
ここも2度目。。

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本日の走行距離:108km 累計走行距離:11,848km

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2007年3月 9日 (金)

またまたまた

またまたまたとりあえず行き先。

しばらくはブログ更新よりも、優先されることが何かとあるため、このような状況が続くと思われる。

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■東大寺(奈良公園)
 住所 奈良県奈良市雑司町406-1
 電話 0742-22-5511
 期間 通年
 拝観時間 8:00~17:00(季節により変動あり)
 拝観料金 500円(大仏殿)
 駐車場 周辺の有料駐車場を利用
 お勧め ★★★★★
 
           20070309_545_daibutuden2_m

世界遺産。
大仏(毘盧遮那仏)はもちろん国宝。

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■スパバレイ枚方南
 住所 大阪府枚方市津田山手1-24-1
 電話 072-808-4126
 営業時間 10:00~翌1:00(受付は~24:00)
 定休日無休
 料金 600円(土日祝は750円、各種サウナ利用は1000円)
 駐車場 180台
 露天 あり
 無料休憩所 なし
 ぬるめの浴槽 なし
 お勧め ★★★★☆

着衣のまま入るユニークなサウナがそろう。
が。高いので、入浴のみ。

あ。大阪府。ここはぎりぎり大阪府。京都との県境近くにある。
ので、一応19県目(1道1都1府16県目)になる。
もちろん、大阪はまだこれで終わりではないが。。

そして。
今日の宿は桂川PAという名神高速道のパーキング。
京都府。京都市。
ってことなので。。
つまり。。
実は、20県目(1道1都2府16県目)突入なのである。

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明日は京都の友人二人に会う。

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本日の走行距離:80km 累計走行距離:10,979km

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