2007年3月28日 (水)

勇仁智

【今日の天気】晴れときどきくもり

今日は、まずは安宅(あたか)の関所跡に行く。

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■安宅(あたか)関跡(勧進帳ものがたり館、安宅住吉神社)
 住所 石川県小松市安宅町ヨ132
 電話 0761-21-6734(安宅観光協会)
 期間 通年
 営業時間 9:00~17:00(勧進帳ものがたり館)
 定休日 水曜(勧進帳ものがたり館)
 料金 300円(勧進帳ものがたり館)
 駐車場 数十台
 お勧め ★★★☆☆

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名前からもわかるように、ここはもともと関所があったその跡地だ。

時は、平安時代末期。
源義経にまつわる話である。

有名なエピソードではあるが、簡単にあらすじを記載しておこう。
但し、義経の話は過去の記事でも何度も出てきているので、記載内容には以前書いた記事と重複する部分があることを断っておく。

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【安宅の関と勧進帳】

壇ノ浦の戦いで、ついに平家を滅ぼした源義経だったが、後白河法皇から官位を授かることをきっかけに、兄頼朝から追われる身となってしまう。

頼朝は、義経を捕らえるために全国各地に守護地頭を置いて、関所が設けられた。その一つが安宅の関である。

義経一行は静御前を連れて、いったん吉野の山奥に身を潜める。
(※このときの話が、過去の記事「しづやしづ」で記載した静御前との別れのエピソードである)

そして、義経や弁慶らはそこで山伏姿に扮装して、奥州平泉の藤原秀衡を頼り、北陸道を通って北上していこうとする。

だが、安宅の関で、その関守(せきもり。関所の番人)である富樫泰家が、彼らに疑いをかけ尋問をする。
義経一行が山伏姿で逃げていることは知っていたからである。
(※ここからは、実話ではなく歌舞伎の「勧進帳」の内容である)

そこで、弁慶が、何も書かれていない偽の勧進帳(寺院や仏像を建立する費用を寄付してもらうための帳面)を空で読み上げることによって、自分たちが東大寺再建のためにつかわされた僧であることを主張する。

弁慶の機転により通行を許された一行が関所を通過しようとすると、関守の富樫が「おい、ちょ待てよ。お前義経に似てんじゃねーの。」と言って一行を呼び止める。

すると今度は弁慶が「ちょ待てよ。またお前のせいで足止め食らったじゃねーか。」と怒りながら、山伏姿の義経を金剛杖で叩き付ける。

私の知っている勧進帳の話は、この弁慶の行為によって関守がすっかりだまされて無事に通過することができた、というものだが、どうやら歌舞伎のそれはそうではなく、富樫は、弁慶の主(義経)を想うその忠誠心の深さに心を打たれて、それが義経だと気付いていながらも騙された振りをして通行を許す、という内容のようだ。

(※私が昔見た義経のドラマ(2種類ある)では、それぞれがどうだったかは覚えていないけど、幼かった私は(って言っても中学生くらいだけど)、優しかった弁慶がどうして急にそんなむごい仕打ちを義経にするのだろう、とただただショックを覚えたものである。
でも、この次のシーンでさすがの馬鹿な私もその弁慶の行動の真意を知ることになるわけである。)

その後、無事に関所を通過した一行がお寺の一角で足を止め、そこで弁慶が、いくら関所を通るためとはいえ、主(義経)を打ち据えるという無礼極まりないことをしてしまったことを涙を流して詫びるのだ。

そんな弁慶に対して、義経は怒るどころか、こんなにも忠義に厚い部下を持つことができてこの上ない幸せだ、(なんて台詞ではないだろうけど)そんなようなことを言って弁慶を許し、むしろより一層の信頼を深めるというわけだ。

ちなみに、歌舞伎の「勧進帳」では、その後富樫が追いかけてきてみんなで酒宴をする、というあらすじらしい。。それはちょっとやり過ぎな気がするけど。。

その後、義経一行は無事に奥州平泉へと辿り着くことができたけど、義経の運命はそこから悲劇の最期へと向かっていくのである。
(※その辺のあらすじは、過去の記事「夢の跡」に記載)

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余談だが、忠臣蔵でも、この勧進帳と似たシーンがある。
大石内蔵助が江戸入りするときに「道中手形」を読み上げるシーンだ(読み上げるんじゃなくて相手に見せるんだったかも)。
私は、忠臣蔵は全く知らなかったけど、今回の旅の途中で、友人に年末スペシャルで昔やってた忠臣蔵のビデオを見せてもらったら、確かに勧進帳のそれと同様のなりゆきだった。
こちらもかなりの名演技の名シーンだ。

さて、日記に戻るけど、ここにはその勧進帳のまさにそのシーンの銅像が建っている。

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わかると思うけど、左が義経、真ん中が弁慶、右が富樫である。

それから、ここには「勧進帳ものがたり館」という建物があり、勧進帳の内容を説明するミニシアターだとか、歌舞伎で実際に使われた衣装を展示している施設があるんだけど、今日は休館だった。がっかり。

あと、安宅住吉神社という神社もあって、そこの社殿には、勧進帳の様子を描いた絵(江戸時代のものだったと思う)が何枚か展示されていた。

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また、ここは訪れると巫女さんが、親切にその絵や勧進帳の説明などをしてくれる。もちろん無料で。

ということで、あまり万人に勧める場所ではないけど、義経や弁慶が好きな人ならば是非訪れてもらいたいところである。

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その後、金沢に向かう。
安宅から金沢はそんなに遠くない。1時間かからなかったかな。

ここには、日本三名園のひとつ「兼六園」があるので行ってみた。
ちなみに、あとふたつは岡山の後楽園と水戸の偕楽園。

■兼六園
 住所 石川県金沢市兼六町1
 電話 076-234-3800(石川県金沢城・兼六園管理事務所)
 期間 通年
 営業時間 7:00~18:00(10月16日~2月末日は8:00~16:30)
 定休日 無休
 料金 300円
 駐車場 あり(有料)
 お勧め ★★★★☆
 特記 日本三名園

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そんなに興味があったわけではないので事前調査もせずにいったけど、江戸時代に加賀藩の庭園として、五代藩主の前田綱紀が作ったのがその始まりだそうである。

梅林の梅が満開だったが、桜はまだのようだ。
そろそろどこかで桜前線とぶつかってもよさそうなものだが、なかなかこれぞ桜、という桜にはまだ出会っていない。
(伊豆の河津桜は例外で2月に満開だったけど。)

庭園はかなり広く、庭、というより、公園といった趣きである。

天気がいいので園内を散歩しているだけで気持ちがいい。
写真を撮りにここに来ればとりあえず被写体には困らないから、一日中でも撮っていられるだろう、といった感じ。

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とか言ってまた撮りまくってたら、バッテリーが切れかかる。。
これから金沢城公園に行くのに(>_<)。。

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■金沢城(金沢城公園)
 住所 石川県金沢市丸の内1
 電話 076-234-3800(石川県金沢城・兼六園管理事務所)
 期間 通年
 営業時間 7:00~18:00(10月16日~2月末日は8:00~16:30)
      五十間長屋・橋爪門続櫓は
      9:00~16:30(入館は~16:00)
 定休日 無休
 料金 入園無料(五十間長屋、橋爪門続櫓は共通300円)
 駐車場 あり(有料)
 お勧め ★★★★☆

兼六園とは、大きな通りを跨いだ隣に位置する。
かつてはこの間の通りは「百間堀(ひゃっけんぼり)」と呼ばれる広大な堀だったそうである。

その百間堀だった通りに架けられているのが石川橋、その石川橋を渡ったところにある金沢城公園への入り口が、搦手門(からめてもん。裏門のこと)であり、重要文化財でもある石川門だ。

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過去に大火で焼失したことがあるので、現在の遺構は、天明8(1788)年に再建されたものである。
形は、櫓と櫓が長屋でつながっている枡形門(ますがたもん)で、石垣はカラフルで、左右で異なる組み方がされているが、その理由は不明とのこと。

この後見る、遺構である三十間長屋や、最近復元された五十間長屋もそうなのだが、目を引くのは「なまこ壁」と呼ばれる独特な格子模様の壁と、白く光った屋根である。

どちらもこれまで見てきた城郭建築では見たことがなかったものである。
壁に関しては、似たような外観の壁をなんとなくどこかで見たことがあるような気がしないでもないけど、屋根が白い(実際は白く変色している)というのは、かなり違和感を感じる。

瓦というのは黒いのが普通である。白い瓦屋根なんて聞いたことも見たこともない。

否。

実は、ここの長屋や門に使われているのは普通の瓦ではなく、鉛瓦なのである。
1~2センチ厚の鉛板を瓦のように模して屋根に配してあるので、厳密には瓦ではない。でも鉛瓦と呼ぶらしい。
実際には、鉛に銅をいくらかの割合で混ぜて強度を高めて腐食を防止しているとのこと。

その鉛が雨風に晒されて、ところどころ白く変色しているので遠くから見ると屋根が白く見えるようである。

屋根の説明はさておき、この金沢城、最初に築城したのは戦国末期の佐久間盛政という人だが、歴史的に有名なのは、賤ヶ岳(しずがたけ)の戦いの後に入城し、加賀百万石の礎を築いた前田利家だ。

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【利家とまつ】
(また後日。。かな。。。)

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ちょっとながくなってきたので、後半はまた後日更新。。。

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■埴生護国八幡宮(はにゅうごこくはちまんぐう)
 住所 富山県小矢部市埴生2992
 電話 0766-67-1220
 期間 通年
 参拝時間 参拝自由
 料金 無料
 駐車場 あり
 お勧め ★★★☆☆

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もう暗くなってたけど源平争乱ゆかりの地だから素通りできず。
源平合戦のひとつである倶利伽羅峠の戦いの際に、源義仲が戦勝祈願したことで知られる神社。源義仲の像がある。
倶利伽羅峠を越えて富山に入ってすぐの山間に建つ。

富山県。
これで25県目(1道1都2府21県目)に突入。

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【木曽義仲と倶利伽羅峠の戦い】
(やっぱ後日。。だなぁ。最近源平関係が多いな。。)

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■天然温泉 湯来楽(ゆらら)
 住所 富山県砺波市五郎丸622-1
 電話 0763-33-2188
 営業時間 10:00~24:00(受付は~23:00)
 定休日 無休
 料金 800円(岩盤浴は600円)
 駐車場 190台
 露天 あり
 無料休憩所 あり
 ぬるめの浴槽 なし
 特記 一部源泉かけ流し
 お勧め ★★★★☆

ちょっと割高だけど、設備充実。
源泉は薄い褐色。
別料金で岩盤浴もできる。
お金ないからもちろん私は入浴のみだけど。。

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本日の走行距離:101km 累計走行距離:12,927km

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2007年3月26日 (月)

伝説の残る地

【今日の天気】晴れ

今日は、丹後半島をぐるりと回って、再び舞鶴を通って東隣の福井県に入る。

なぜ、ここで西ではなく東に向かうのだろう、と疑問に思った方は、同日の別記事「旅の収束」をご一読いただきたい。(と言えばもう大体察しは付くだろうけど。。)

今日もとりあえず行き先と写真を少々のみ。

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■静神社
 住所 京丹後市網野町磯
 電話 なし
 期間 通年
 参拝時間 参拝自由
 料金 無料
 駐車場 なし
 お勧め ★★★☆☆

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ここ網野町磯は、静御前出生の地、と云われている。
ここには静御前の木造が祀られている。

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■嶋児神社(しまこじんじゃ)
 住所  京都府京丹後市網野町浅茂川明神山382
 電話 なし
 期間 通年
 参拝時間 参拝自由
 料金 無料
 駐車場 なし
 お勧め ★★★☆☆

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浦島太郎ゆかりの神社。
この地に残る伝承(丹後国風土記)によれば、浦島太郎は、もともと浦嶋児(うらのしまこ)という名だったらしい。

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■琴引浜
 住所 京都府京丹後市網野町掛津~遊
 電話 0772-72-0900
 期間 通年
 営業時間 見学自由
 料金 無料
 駐車場 あり(有料)
 お勧め ★★★★☆

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歩くと、キュッキュッ、と琴が鳴るような音がするのでその名がつけられた不思議な砂浜。

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■丹後松島
 住所 京丹後市丹後町平
 電話 0772-75-0437
 期間 通年
 営業時間 見学自由
 料金 無料
 駐車場 数十台
 お勧め ★★★☆☆

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丹後の松島。
松島と名がついているというのに、砂浜や駐車場などの整備が杜撰でとても観光地という趣きではなかった。
海自体はきれいなんだけどね。

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■浦嶋公園(浦嶋神社、浦嶋館)
 住所 京都府伊根町本庄浜111-1
 電話 0772-33-5225
 期間 通年
 営業時間 うらしまシアターは、9:00~17:00(1~3月は~16:00)
 料金 うらしまシアター300円
 駐車場 水曜(祝日の場合営業)
 URL 
http://www.tangoweb.co.jp/urashima/
 お勧め ★★★☆☆

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ここにも浦島太郎ゆかりの神社がある。
この神社に伝わる浦島伝説が日本でも最古と云う。

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■三方五湖
 住所 福井県三方上中郡若狭町鳥浜、海山、田井、気山
 電話 0770-32-0222(美浜町観光協会)
    0770-45-0113(若狭三方五湖観光協会)
 期間 通年
 営業時間 見学自由
     (レインボーラインは8:00~18:00時期により変動あり)
 料金 無料
     (レインボーラインは1020円)
 駐車場 あり
 お勧め ★★★☆☆

ホントは有料のドライブウェイから見下ろすことができるんだけど、時間が遅く終わっていた。。

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■露天風呂漁火
 住所 福井県丹生(にゅう)郡越前町厨71-335-1
 電話 0778-37-2360
 営業時間 11:00~22:00(土日祝は10:00~)
 定休日 火曜(祝日の場合翌日休)
 料金 500円
 駐車場 200台
 露天 あり
 無料休憩所 あり
 ぬるめの浴槽 なし
 お勧め ★★★☆☆

海岸沿いの温泉施設。
昼なら海が、夕方なら夕日が、夜なら漁火が見える、はずなのだが、漁火は見えなかった。

福井県。
23県目(1道1都2府19県目)突入。

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本日の走行距離:311km 累計走行距離:12,695km

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2007年3月23日 (金)

とりあえず更新

【今日の天気】 晴れときどき曇りのち曇り

今日はレンタサイクルで自転車を借りて、京都市内を縦横無尽に駆け巡った。

訪れた場所は、石碑などを含めれば20箇所。
間違いなく過去最多だろう。

当然、写真の撮影枚数も最多で、今日だけで実に495枚。
これでも無駄な写真は撮らないように意識したつもりなんだけど。。
撮ったはいいけど整理すんのが大変だなーー。

疲れた。。今日はもう寝るべし。。
土日は休もう。

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本日の走行距離:42km 累計走行距離:12,192km

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2007年3月22日 (木)

鞍馬天狗のなぞ

【今日の天気】 晴れのち曇りときどき雨

今日は義経。
幼少時代を過ごした鞍馬寺へ行く。

最近山登りが多い。。
疲労が溜まってきているので本日も行き先のみ掲載してゆっくり休む。
でも明日は幕末の京都を歩いて散策するから行き先の場所確認しとかなきゃだ。。

明日で京都最後なので、土日は休もう。。

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■鞍馬寺
 住所 京都府京都市左京区鞍馬本町1074
 電話 075-741-2003
 期間 通年
 拝観時間 9:00~16:30(6~8月は~17:00)
 休業日 無休
 料金 愛山費=200円/ケーブル=100円
 駐車場 近辺の有料駐車場利用(500円/日)
 お勧め ★★★★☆

山の中を散策。
鞍馬寺本堂から1.5kmくらい山道を彷徨うと貴船神社に出られる。

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■貴船神社(きぶねじんじゃ)
 住所 京都府京都市左京区鞍馬貴船町180
 電話 075-741-2016
 期間 通年
 参拝時間 6:00~20:00
 料金 参拝自由
 駐車場 8台(500円/日)
 URL 
http://www.kibune.jp/
 お勧め ★★★☆☆

水の神様。
そして恋愛成就の神様でもあるらしい。

絵馬発祥の神社としても知られている。

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■仁左衛門の湯
 住所 京都府京都市西京区樫原盆山5
 電話 075-395-4500
 営業時間 10;00~翌2:00
      (受付は~翌1:00、土日祝は8:00~)
 定休日 無休
 料金 600円(土日祝は800円)
 駐車場 200台
 露天 あり
 無料休憩所 あり
 ぬるめの浴槽 なし
 お勧め ★★★☆☆

露天の岩風呂が立派。
また、源泉掛流しではない。
最近スーパー銭湯風情の温泉が多いな。。

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本日の走行距離:70km 累計走行距離:12,150km

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2007年3月21日 (水)

築400年

【今日の天気】晴れ

行き先のみ記載。

昨日に続き京都を巡る予定だったけど、思いのほか天気が良かったので、予定変更、彦根城を見に行きがてら琵琶湖を一周することに。

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■彦根城
 住所 滋賀県彦根市金亀町1-1
 電話 0749-22-2742
 期間 通年
 営業時間 8:30~17:00(天守は~17:30)
 定休日 無休
 料金 通常 500円(セット券900円)
    築400年祭期間中 1000円(セット券1400円)
 駐車場 400台(有料)
 お勧め ★★★★☆
 特記 国宝

国宝4天守の一つ。
松本城、犬山城に続き、これで3つ目。
最後の姫路城は、高校の修学旅行で行ったので、すべて見たことになる。

築城400年祭というイベントを今日からやっていた。

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■比良とぴあ
 住所 滋賀県大津市比良1039-2
 電話 077-596-8388
 営業時間 10:00~21:00(受付は~20:30)
 定休日 火曜(祝日の場合翌日休)
 料金 600円
 駐車場 37台
 露天 あり
 無料休憩所 あり
 ぬるめの浴槽 なし
 お勧め ★★★☆☆

一周して再び大津市。
源泉掛流しではない。
これといって大きな特徴はない温泉。

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本日の走行距離:170km 累計走行距離:12,080km

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2007年3月20日 (火)

国家安康

【今日の天気】晴れ時々曇りのち曇り

今日からしばらく京都滞在。

昨日、大阪城に行ったので、その流れで豊臣家関連の地を巡る。

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■豊国神社
 住所 京都市東山区大和大路通正面茶屋町530
 電話 075-561-3802
 期間 通年
 参拝時間 境内自由(宝物館は9:00~16:30)
 料金 無料(宝物館は300円)
 駐車場 あり
 お勧め ★★★☆☆

京都国立博物館の隣にある。
秀吉を祀った神社。

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写真の唐門は何気に国宝。
伏見城の城門を移築したものである。

興味があったのはこの神社ではなく、隣にある方広寺。

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■方広寺
 住所 京都府京都市東山区大和大路通七条上ル茶屋町527-2
 電話 075-561-1720
 期間 通年
 参拝時間 境内自由(本堂拝観は9:00~16:00)
 料金 無料(本堂は200円、梵鐘を近くで見るには100円)
 駐車場 あり(豊国神社と共通)
 お勧め ★★★★☆

上述した通り、豊国神社の隣にある。
豊臣家を滅亡へと導くこととなった寺。

このお寺にまつわる事件については、先日京都の友人Yに会ったときに、彼から教えてもらって初めて知った。

私は学校で習った歴史は中学までだけど、高校の日本史ではこの事件って有名な出来事なのかなぁ。。
少なくとも、今私が所持している中学校の歴史の教科書には「1615年、大阪城を攻めて豊臣氏を滅ぼした(大阪の陣)。」としか書かれていないけど。。

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【豊臣家と方広寺】

豊臣秀吉は、その全盛期に、戦国の乱世に松永久秀により焼かれてしまった奈良東大寺の大仏のような大金銅仏を京都に作ろうと思いつき、天正14年(1586年)その造営を開始する。

ただ、この当時、鋳造の技術が衰退してしまっていたため、金銅仏ではなく木造の大仏を作ることになった。

そして、方広寺に日本最大の大仏が出来上がる。
大仏の高さは、19mとも20mとも云われている。
いずれにしても、東大寺の大仏が約15mなので、それよりもさらに大きいことになる。
大仏殿の高さは49mもあったと云う。

だが、慶長元年(1596年)に起きた大地震により、大仏殿及び大仏は倒壊してしまい、秀吉はその再建を待つことなく死去することとなる。

その後、関が原の戦いを経て、家康が徳川幕府を開き、もう徳川家に逆らう大名などいないだろうという状況になったとき、家康にとって唯一の目の上のたんこぶは豊臣家だった。

息子の秀忠は頼りないし、どうしても自分が生きてるうちに豊臣家は潰しておかなければ、と思ったのかどうかはわからないけど、家康は、豊臣家の財産を枯渇させる目的で、秀吉の遺児である秀頼に対して、秀吉の霊を弔うためにも方広寺の大仏殿を再建すべきだと勧める。

秀頼(実際は母の淀殿)は、これを承知し、方広寺再建にとりかかる。

が、そんな折、不審火により、倒壊せずに残っていた堂塔伽藍が軒並み焼失してしまう。
どうも、これは再建の負担をさらに増やすために徳川家が仕組んだこととも云われている。

そんなこともあったが、なんとか鋳造による大仏及び大仏殿、そして堂塔や門なども再建する。

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ところで、現在方広寺の隣にある豊国神社やその隣にある京都国立博物館の敷地は、当時は方広寺の境内に含まれていたそうである。
だけど、現在の方広寺の境内はとてもこぢんまりとしていて、とてもじゃないけど、上述したような東大寺を凌ぐほどの大仏殿が建っていたとは想像もつかない。
本堂も特に大きいわけではない。

ただ、一つ、狭い境内には似つかわしくない、巨大な鐘楼が建っている。

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秀頼は、方広寺の再建に際して、梵鐘を作らせる。
そして、その梵鐘の中心付近に以下の文字が刻まれていた。
(実際は他にも沢山の文字が刻まれている)

          国家安康 君臣豊楽

国が、戦争もなく平和に続きますように。
君主(天皇)も臣民(民衆)も、豊かで楽しい生活が続きますように。
という程度の意味なのだが、これを知った家康は、

国家安康の「家」と「康」の文字が離れていることから、これは徳川家を呪詛するもので、君臣豊楽とは、豊臣家を君主にして栄えるという意味が込められていると、いちゃもんをつける。

そして、徳川家はそれを理由に、豊臣家に対し、大坂を明け渡すように言うのだけど、豊臣側がこれを拒否したことによって、徳川家及び各諸藩の大名の軍隊によって大坂城が包囲される。
これが、大坂冬の陣だ。

その後については、昨日の記事でも触れた通りである。

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鐘に近づいてみた。

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色々な文字が刻まれているけど、明らかに目立ってる部分がある。
何かで白く囲われている。

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「国家安康」「君臣豊楽」。確かにそれらの文字が刻まれていた。
それにしても、これだけ沢山の文字が小さく刻まれている中から、この二つを見つけ出すなんて、とにかく何でもいいから豊臣家を攻めるための口実が欲しかった徳川家の思いの強さが伺える。

ちなみに、この梵鐘は、東大寺、知恩院の梵鐘とともに、日本三大名鐘のひとつに数えられる。

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その後、今度は醍醐寺へ向かう。

■醍醐寺
 住所 京都市伏見区醍醐東大路町22
 電話 075-571-0002
 期間 通年
 拝観時間 9:00~17:00
 料金 境内自由(三宝院600円、伽藍600円、共通券1000円)
 駐車場 700円/日
 お勧め ★★★★★
 特記 世界遺産

方広寺の説明が長くなってしまったので、こちらはあっさりと。
ホントは相当な山登りをして、450mの山頂にある上醍醐まで行ってきたのだが、余裕ができたらそのときの話も記載しよう。

秀吉の「醍醐の花見」で有名なお寺である。

醍醐の花見とは、秀吉が諸藩大名やその配下のもの1300名ほどを引き連れて醍醐寺で催した盛大な花見のことである。

だが、まだ桜は咲いていない。。

醍醐寺境内に入ると、まずは左手に三宝院という建物がある。

ここの庭園がとてもすばらしい。
秀吉が醍醐の花見に際し、自らが設計をして庭師に作らせたらしい。
この庭を見るだけで、秀吉が戦での才能に秀でていただけでなく、風流人でもあったことをうかがい知ることができる。

私は庭園の良さなんて全然わからないし、だからこれまでもいくつかの庭園を見てきたけど、それについては敢えて特にコメントは避けてきた。
けど、ここの庭園は本当に完成度が高いと感じた。
池、岩、木、橋、すべてのバランスが絶妙だ。と思う。
ここを見るだけでも600円かかってしまうが、もしも醍醐寺を訪れるならば絶対に見るべきである。

ただし、ここは写真撮影が禁止なので、その庭園の写真を撮ることができないのが残念。

醍醐寺には、京都最古の木造建築である五重塔がある。

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平安時代のものである。
創建当時の建物はこの五重塔だけだ。

だが、境内には、国宝、重文の建物がたくさんある。

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金堂。国宝。

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上は弁天堂、左下は三宝院唐門(国宝)、右下は清瀧宮(せいりゅうぐう)本殿(重文)

と、ここまでが下醍醐。
醍醐寺は上醍醐と下醍醐に分かれている。
上醍醐は、その名の通り山の山頂にあるので、山登りも兼ねて行ってみることにした。

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これは登山道の入り口。
山頂450m。通常片道1時間近くかかる。

急いで登って40分後。
息も切れ切れに辿り着いた上醍醐。

           20070320_063110_mix

左上、清瀧宮拝殿(国宝)。
右上、薬師堂(国宝)。
左下、如意輪堂(重文)。
右下、開山堂(重文)。

持参した弁当を食べながら、山頂からの景色をしばし堪能した。

               20070320_125_kamidaigo_filtered_s

雲が出てたけど、かなり遠くまで澄んで見える。
何度もここに来たことがある人と少し話をしたけど、これほど遠くがはっきりと見渡せることはめったにないらしい。

なんと大坂の高層ビル群までが見えた。

           20070320_091_s

もともと登山なんて得意ではないので、相当疲れた。。
でもなんか達成感という名の錯覚、もしくは勘違いが得られた。。

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■大津やまとの湯
 住所 滋賀県大津市柳が崎2-5
 電話 077-521-8426
 営業時間 10:00~翌1:00(受付は~24:00)
 定休日 無休(年2回メンテあり)
 料金 600円(土日祝は650円)
 駐車場 167台
 露天 あり
 無料休憩所 あり
 ぬるめの浴槽 なし
 特記 源泉かけ流し
 お勧め ★★★☆☆

2日前に行ったやまとの湯の別の支店。

滋賀県。久々の新しい県、22県目(1道1都2府18県目)突入。
面積的には半分いったかな。

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本日の走行距離:62km 累計走行距離:11,910km

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2007年3月19日 (月)

昭和の名城

【本日の天気】 晴れのち曇り

今日は、Willcomのデータ端末を交換してもらいに(果たしてできるのか)、まずは昨日のヤマダ電機に行く。その後は大阪城の予定。

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ってことで、事情を説明して、PCカードは使えないからExpressカードの規格の端末に交換して欲しい旨を伝えると。。。

ダメー。(あっさり)
基本的に一度契約したらもう機種交換はできないとのこと。。

ってことで、機種変更扱いでExpressカードに換えてもらった(あっさり)。
当然機種変更代金発生。事務手数料はサービスしてくれたけど、それでも諭吉が一人消えた。。

ただでさえお金ないってのに。。
もっと粘ったら値引きくらいはしてくれたかなぁ。
でもめんどいからやめた。

いつも住み慣れてる街の行き慣れてる電気屋だったらもう少し粘って頼み込んだかもしれないけど、なんか知らない土地の初めての店だから、アウェイな感じがして、攻めるのに気が引けてしまった。

そんで、さらに、その機種変更手続きに2時間以上も待たされた。。

商品もらって、駐車場でつないでみたら、今度はうまくセッティングできてつながった。
けど、なぜか、なんかマウスのポインタの動きがおかしくなった。。
嫌なことって続くんだよね。。
(結局、それは、ドライバと一緒にインストールされる変なソフトをアンインストールしたら直った。。)

それから大阪へ向かうも、大阪に入ると大渋滞。。
嫌なことって続くんだよね。。

これほどの渋滞はこの旅でも初めてかもしれない。
結局、大阪城の駐車場に付いたのは16:30。。。

しかも天気は崩れて完全に曇り。
嫌なことって。。

せっかくの大阪城なのに。
テンションは下がる一方。。

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■大坂城(大阪城)
 住所 大阪府大阪市中央区大阪城1-1
 電話 06-6941-3044
 期間 通年
 営業時間 天守閣 9:00~16:30
      (GW・夏季、特別展開催期間中などは夜間開館あり)
 定休日 無休
 料金 600円
 駐車場 300台(350円/1時間)
 お勧め ★★★★☆
 特記 登録有形文化財(天守)

大坂城。現在の天守は昭和の建築だから、むしろ大阪城か。
天守は、登録有形文化財(?)である。

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【重要文化財と登録有形文化財】

文化・歴史・学術などの観点から、価値があり、後世に残すべきものが文化財と呼ばれるもので、建造物・美術工芸品のように形があるものが有形文化財。(形がない演劇などは無形文化財)

有形文化財のうち、歴史的にも学術的にも価値が高いと判断されて国が指定して登録するのが、重要文化財。

でも、それだけだと、基準が厳しかったり、国が厳選するだけあって、なかなか決まるもんも決まんなくて、そうこうしてるうちに貴重な建造物とかはどんどんなくなってっちゃうよどうすんのさ、ってなことで新設されたのが登録有形文化財というもの。

これは文部科学大臣が指定する。
基準も重要文化財よりは緩くなっている、というわけ。

ちなみに、重要文化財の中で、世界的観点から見ても極めて歴史的価値が高いものについては、国宝として登録される。
だから国宝も重要文化財の一種。

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さて。16:30に着いてもなぁ。
しかも駐車場は18:00までに閉まると言う。。

まぁ何はともあれ行ってみる。

天守に至るまでの最短ルートで見ていったものをダイジェストで。

        20070319_755771_mix

一番左は、外濠(そとぼり)の石垣。石垣のほとんどは当時の遺構そのままだそう。
へー。すごい。さすがにかなり高くキレイに積まれてますなー。

堀も広い!名古屋城の外堀もかなり広かったけど、大阪城の方が少し広いかも。
ってゆーか、名古屋城の場合、敷地の全てを堀で囲んでいる感じではなかったけど、大阪城の外濠は周囲全部を堀で囲われてる感じ。
本来の外濠の姿はこうなのだろう。

ちなみに、写っている櫓は、当時の遺構の「六番櫓」で重要文化財。

写真真ん中は、大手門を見守るように建つ「千貫櫓(せんかんやぐら)」。重要文化財。城内建築物の中でも最も古い。

その名の由来は、石山本願寺の時代に遡る(秀吉がここに大阪城を建てるさらに前、戦国時代の頃は、ここらは石山本願寺の敷地だった)。
この櫓は、江戸に入ってから建てられたものではあるが、石山本願寺時代にも、この櫓に相当する、大手門を守る櫓があったのである。

そして、当時、織田信長が石山本願寺攻めをする際に、「あの櫓さえ落とせるのなら銭千貫(貫はお金の単位)出しても惜しくはない」と言ったというエピソードが名前の元になっているらしい。

一番右の写真は、その「大手門」。つまり城への入り口。
これも当時の遺構で重文(重要文化財のことを重文と略していうらしい)。ただし、江戸後期に大掛かりな補修を行っている。

次。

        20070319_777_787_mix

一番左は、「多聞櫓」。
名前の由来は、松永久秀(東大寺の大仏殿に火をかけた極悪人だ)が、大和(奈良)に多聞城を築いたときに初めて築かれた様式で、塁上に築く長屋状の櫓のことを指すらしい。

真ん中は、内濠。なぜか水がない。
名古屋城のときも内濠には水がなかった。理由はよくわからないけど。。

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【大阪城と堀】

大阪城と言えば、堀がひとつの見所である。
大阪冬の陣では、城は落ちなかったんだけど、その要因はやはりこの大規模な堀の存在があったからと言われている。

本丸の堀や、二の丸の堀も大したものだが、軍事要塞としての大坂城の特異性を最も表しているのは、惣掘と呼ばれる堀である。

当時、大坂城がある本丸の周りに、まず第一の堀があり、その外側に二の丸と第二の堀、そしてそのさらに外側に城下町が広がっていたのだが、秀吉は、その城下町すべてを取り囲むように第三の堀(惣掘)を作ったのである。

冬の陣では、この全長4kmにも及ぶ惣掘のおかげで、徳川軍はついに城を落とすことはできなかった。(もちろん、名将真田幸村の大活躍も特筆すべきだけど)

そんなわけで冬の陣の後の和議において、徳川軍は軍を引く代わりに、惣掘を埋めることを要求する。

豊臣側は、惣掘だけを埋めるのかと思っていたのだが、徳川軍は惣掘だけでなく、その内側の二の丸の堀も埋め始める。
それじゃ約束が違う、と豊臣側は文句を言うけど、家康は、埋め立てを担当してる奉行が「惣掘」と「総掘」を間違えたんだろう、とかすっとぼけて、そうこうしてるうちに二の丸の掘もすべて埋めてしまう。

で、結局、豊臣側が二の丸を掘り返そうとしたら、それは徳川に対する謀反である、とか難癖をつけて再度大坂城攻撃を開始する。
これが大阪夏の陣だ。

夏の陣では、もはや掘のない状態では籠城もままならず、豊臣軍は大敗、秀頼(秀吉の息子)と、その母である淀殿(信長の姪にあたる)は自害して、豊臣家はわずか二代で滅亡するわけである。

ただし、現在の大阪城で見る二の丸の堀を見て、これ全部埋めるの大変だったろうなー、でも今はちゃんと堀があるから、徳川がまた堀り直したのかなー、とか悩まないように。
現在の堀は、大阪の役で問題になったその堀ではない。
本丸の堀も二の丸の堀も、豊臣時代の堀と徳川時代の堀は別物なのである。

徳川時代の城や石垣などは、豊臣時代の城の跡を埋め立ててその上に築城しているので、例の堀は地下にまだ埋まったままなのだ。
そんなわけで、徳川の本丸の地下から豊臣時代の石垣の遺構が一部見つかっているらしい。(石山本願寺はさらにその下にあるのだろうか。。謎)

さらには、近年(2003年?)、一番外の惣掘の一部も見つかったようで、現在も発掘が進んでいるらしい。

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さて。最後、一番右は「桜門(さくらもん)」。
この辺に、桜並木があったと思われる。
門の中から向こうには、すでに天守閣が顔を出している。

この門は明治20年に復元されたものではあるが、これも重文である。

ってことで、いよいよ天守閣。

           20070319_800_oosakajo_filtered_s

天気悪!
豪華絢爛な大阪城は青空をバックに撮りたかったな。。

           20070319_810_oosakajo_filtered_s

なぜか南国調。。
しかし、やはり大阪城、派手。
信長の安土城が現存してたら、そっちの方が派手さでは勝っていたかもしれないけど、現在見ることができる天守の中では、大阪城が一番派手だろう。

この天守、昭和6年に復元されたものなんだけど、実は、この天守の構造は豊臣時代のものでも徳川時代のものでもない。
どうも、徳川時代の天守台の上に豊臣時代の天守が乗っかってるような作りになっているらしい。
確かに一番上だけちょっと違うもんね。。

復元された天守とは言え、この城は徳川豊臣それぞれの時代の城のいいとこ取りした作りになっていて、専門家に言わせれば、これはこれで昭和の名建築なのだそうだ。
それで、その後復元されていく各地の天守の見本になっているそうな。。

と、外観写真をいつも通り撮っていたら、城の方から何やら音楽が流れ始めた。。嫌な予感。。
近くに行ってみると入り口は閉ざされ、本日は終了しましたの文字が。。。

ってゆーか、入場は16:30までだったらしい。
そして、現在は17:00。。ぜんぜんダメじゃん。。

ということで、いいことなしの一日でした。
でも、大阪城、嫌いじゃないです。

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 ■スパバレイ枚方南(3回目)
 住所 大阪府枚方市津田山手1-24-1
 電話 072-808-4126
 営業時間 10:00~翌1:00(受付は~24:00)
 定休日無休
 料金 390円(土日祝は390円)
 駐車場 180台
 露天 あり
 無料休憩所 なし
 ぬるめの浴槽 なし
 お勧め ★★★★☆

ここは3度目。
1回目は、奈良から京都へ向かう途中。
2回目は、京都から奈良へ向かう途中。
3回目は、大阪から京都へ向かう途中。

昨日の道の駅「大和路へぐり」と一緒で、場所がとてもいい位置にあるんだよね。
大阪枚方市の中でも、京都寄りの奈良寄り。
だからそれぞれの県を行き来するときに大体通り道になる。

ここは源泉掛流しではないんだけど、最近はあまり気にしなくなってきた。あまりにも塩素臭がするのは嫌だけど、ここはそれほどでもない。

最近マイブームのサウナは広くてテレビ付き。
露天には、私の好きな壺湯もあるし、決して視界はそんなに広くはないけど、高台に建っているので枚方の夜景を眺めることもできる。

さらに、温泉施設自体がまだできてそんなに経ってないから、とてもキレイで清潔的なのも好印象。

そして、何より何より、安い。
この設備で390円は他に類を見ない。

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今日は、名神高速の桂川PAで一泊。
ここも2度目。。

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本日の走行距離:108km 累計走行距離:11,848km

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2007年3月17日 (土)

しづやしづ

【今日の天気】 晴れときどき曇り

今日は、北上。
再び奈良を縦断していく。

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十津川沿いに北上すると、日本でも有数の吊橋がある。

■谷瀬の吊橋
 住所 奈良県吉野郡十津川村上野地
 電話 07466-2-0001(十津川村観光課)
 期間 通年
 営業時間 見学自由
 料金 無料
 駐車場 50台(有料)
 お勧め ★★★☆☆
 特記 長さ297m、高さ54m

           20070317_606_tanise_s

風が強くてちょっと怖い。

こんな感じ↓

           20070317_614_tanise_ss

20人までしか一度に渡れないみたい。
足場は、線路のレールみたいな木の骨組みの上に、対して厚くない木の板が乗っかってる感じなので、勢いよく歩くと板が割れるんじゃないか多少不安。。

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吉野山に源義経にゆかりのある神社があるので行ってみる。
途中、吉野神宮に寄っていく。

■吉野神宮
 住所 奈良県吉野郡吉野町吉野山3226
 電話 0746-32-3088
 期間 通年
 拝観時間 8:30~17:00
 料金 無料
 駐車場 数十台(1時間まで)
 お勧め ★★★☆☆


           20070317_650_yoshino_s_1

祭神は後醍醐天皇である。以上。。

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この辺は、他にもたくさんの神社やお寺があるんだけど、吉水神社以外は興味がなかったのでスルー。

■吉水神社(吉野山)
 住所 奈良県吉野郡吉野町吉野山579
 電話 07463-2-3024
 期間 通年
 拝観時間 9:00~17:00
 料金 400円
 駐車場 8台(見つからず)
 お勧め ★★★★★
 特記 世界遺産

 
           20070317_664_yoshimizu_filtered_ss

今日のタイトルは、ここでの義経と静のエピソードに因んでいる。わかるかな。
それに関して簡単に解説。

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【源義経と静御前】

源義経と言えば。
武蔵坊弁慶。。。もそうなんだけど、義経の愛妾静御前も忘れてはいけない。

かなり過去の記事(岩手県は平泉を訪れたとき)で、義経の生涯の(超)概要を書いたことがあったけど、壇ノ浦で平家を追討した後に、朝廷から官位を授かったことをきっかけに、頼朝から追われる身となる義経一行。

その際、途中で静御前も合流して一緒に吉野山まで逃れてくるんだけど、そのとき彼らが身を潜めていたのがこの吉水神社なのである。

ただし、その当時はまだ吉水神社という名ではなく、吉水院(きっすいいん)というただの僧坊(僧たちが住んでる家)だった。
(明治維新後の神仏分離の際に後醍醐天皇を主祭神とした吉水神社となる)

そして、義経と静はここで今生の別れをすることとなる。
静が子供を身籠っていたので、一緒に行くと足手まといになるから、とも云われているが詳細はよくわからない。

そして、静を残し、義経や弁慶らは山伏(やまぶし。山中で仏道修行をする僧)に扮装して、白雪の積もる吉野の山中へと姿を消していく。。。
その後、義経らは比叡山延暦寺にいったん身を寄せ、さらに奥州藤原氏を頼って、北陸道を通って北上していった。
その地で非業の最期を遂げる話は以前にも記した通りである。

一方、静は僧兵に捕らえられ、鎌倉の頼朝のもとに送られ、鶴岡八幡宮で白拍子を舞うよう命じられる。

本来であれば、当然、鎌倉様(頼朝)を祝うような舞を踊るべき状況であるのに、静は義経を想った歌を唄うのである。それが。。

   吉野山 峰の白雪 踏み分けて
    入りにし人の 跡ぞ恋しき

   しづやしづ しづのをだまき くり返し
    昔を今に なすよしもがな

一句目はわかりやすくて、「吉野山の白雪を踏み分けて、山の中に姿を消していく(義経の)後姿が恋しい」といった意味。

二句目は難しくてよくわからないんだけど、調べてみると、しづというのは布地のことで、をだまきというのは、布を織るときに糸を巻いておく筒状のものらしい。

だから「しづを織るをだまきの糸を手繰り寄せるように、もしくは、しづを織るをだまきが繰り返すように、昔にまた戻ってあの人(義経)に会いたいなぁ」といった感じか。

あと、しづには静もかかっているので、「静や、静、と何度も繰り返し呼ぶあの人(義経)にまた昔のように会いたいなぁ」という意味も込められているらしい。

どちらにしても、恋しい義経を討とうとする頼朝に対する静なりの抵抗だったのだろう。

結局、その後、静は子供を産むけど、男の子だったためにその子は由比ヶ浜に埋められてしまい(沈められたとも云われる)、静自身は京に帰されるけどその後の消息は不明とのこと。
義経と別れ、子も失い、失意の中で自殺したとも云われている。

というあまりに悲しい話。。。

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ちなみに、ここで義経が逃げる時間を稼ぐために、奥州平泉を出兵したときからの家臣である伊勢三郎や佐藤忠信(元は藤原秀衡の家臣)が残り、奮戦した末に戦死している。

吉水神社の建物の中には、義経やその家臣たちの武具類がたくさん展示されている。

        20070317_722733_mix

左の鎧は義経のもの、右側は左上から弁慶の7つ道具の一つで武装槍、隣が静御前用の鎧の一部、下の段左が弁慶の籠手、右下が佐藤忠信の兜。

これらの武具は、本当に彼らが使用していたものなのだろうか、と疑いたくなるくらい無造作に簡易的なガラスケースの中に並べられている。。相当貴重な物たちだと思うんだけどね。

義経、弁慶、静、佐藤忠信って。。。そうそうたるメンバーでしょ。

ところで。
私は、義経、というとテレビで見た(年末か年始の)ドラマスペシャルのイメージが強く(大河ドラマは見ていない)、私の中での義経のイメージは、少年隊の東山紀之か、野村宏伸なのである。

そのどちらか(どちらかは忘れたけど)は、義経も静も死ぬことなく追っ手から逃れて、二人一緒に海岸沿いを歩いて行くラストシーンで終わっていた、と思う。

海を渡ってチンギス・ハーンになった、というのはちょっと行き過ぎな伝説だとは思うけど、最後の最期まで悲劇に終わるとされる史実(定説)よりも、そのドラマのラストのように、二人で落ち延びてどこかでひっそりと暮らして幸せのうちにその生涯を閉じる、という結末であって欲しいと願うのは私だけではないだろう。

そう願う人たちによって生まれたのが「判官(ほうがん)びいき」という言葉でもある。

話が少しそれたけど、ここ吉水神社は、義経だけじゃなくて、実は後醍醐天皇や豊臣秀吉とも縁がある神社でもあり、それらにまつわる重要文化財の類がザックザクだ。

部屋の中をいくつか撮影。

           20070317_685677715_filtered_mix 

左上が、後醍醐天皇玉座。
左下が、義経・静御前潜居の間。
右が、弁慶思案の間。

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【後醍醐天皇と吉水院】

後醍醐天皇は。。。まぁ建武の新政をした人で。。。
この辺の歴史は苦手なのでよくわからないんだけど、建武の新政は武士をないがしろにしていたから、武士たちに嫌われて、それを代表する足利尊氏が新しい天皇を立てて、自分は征夷大将軍に任命してもらって幕府を開く(これが後の室町幕府)。

でも、後醍醐天皇はそんなん認めないよってことで、吉野に逃れて、独自の政治を続ける。

その際、天皇が行宮(あんぐう。天皇が皇居を出た際に、一時的に宮殿として使う施設のこと)として定めたのが、ここ吉水院というわけである。

結果、北は京都に尊氏が立てた天皇(光明天皇)、南は吉野に後醍醐天皇、と同時期に二つの朝廷が存在することになったので、区別のために、北を北朝、南を南朝とすることになる。
これが、後に南北朝時代と呼ばれるわけだ。

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この辺の時代はハチャメチャなだけに、ちゃんと勉強したらおもしろいんだろうなぁ。

さらに、この神社は世界遺産でもある(「紀伊山地の霊場と参詣道」として)。

さらにさらに、ここは「一目千本(ひとめせんぼん)」と呼ばれる、吉野山一面に広がる桜の景色を眺めることができる名所でもある。

そこで出てくるのが秀吉だ。

秀吉とここがどう関係あるのかと言うと。
桜の名所ということで、秀吉は大名を引き連れて吉野に来ては盛大な花見の宴を催して、お茶の会やらお能の会やら歌の会やらを開いて数日間滞在することがあったそうだ。

そのときに、本陣として滞在したのがこの吉水神社(当時の吉水院)というわけである。

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今日はまだぜんぜん咲いてないけどね。。

ここには、他にもおもしろいものがあるので紹介。

        20070317_713_700_filtered_mix

右上と左下は、金屏風なんだけど、上述した秀吉の花見の際に使用したとされるもの。
右上は、狩野永徳作の「桜の図」。
左下は、狩野山雪作の「竹の図」。

狩野永徳は、信長・秀吉に仕えたことがある桃山文化を代表する絵師。この人の名前は中学校の歴史の教科書にも出てくるから、文化史に疎い私でも聞いたことくらい覚えはある。
狩野山雪は、永徳の弟子にあたる狩野山楽の弟子だ。

右下は襖絵で、狩野山雪作の「舞鶴」。

これらもかなり貴重な品々だとは思うんだけど、どれも特に保護されたケースなどに入っているのではなく、普通に部屋の脇に立て並べられている。

また、庭園もなかなか趣があり、獅子脅しが時おりキレイな音色を奏でているのを聴くこともできる。

神主さんは、気さくな方で話しやすく、いろいろと気遣ってくれたり、話をしてくれたりした。

そんなわけで、吉水神社。
吉野に行くことがあるならば是非訪れてもらいたい場所だ。

最後にひとつ訂正情報だけど、以前鶴岡八幡宮を訪れたときの記事に、舞殿の説明で「静御前が舞った舞殿」と書いたが、実はその当時鶴岡八幡宮には、まだ舞殿はできていなかったので、静御前が実際に舞った場所は若宮社殿の回廊だったらしい。訂正します。

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■奈良御所(ごせ)・葛城の郷 かもきみの湯
 住所 奈良県御所市五百家333
 電話 0745-66-2641
 営業時間 10:00~23:00(受付は~22:00)
 定休日 無休
 料金 500円
 駐車場 220台
 露天 あり
 無料休憩所 あり
 ぬるめの浴槽 なし
 特記 一部源泉かけ流し?
 お勧め ★★★☆☆

都市型天井開放型露天風呂(そんな言葉ないけど)。
街の中にある温泉施設は周りの壁が高くて景色が楽しめないためか、露天の敷地を広くとり、上方を思いきり開放しているタイプが多い。

源泉と書かれた浴槽も塩素の匂いが。。

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明日は休日にしようかなー日曜だし。

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本日の走行距離:161km 累計走行距離:11,699km

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2007年3月10日 (土)

伏見東山

簡単に行き先を。
今日は大学時代の友人二人に再会して、伏見から東山にかけて散策する。

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■寺田屋
 住所 京都府京都市伏見区南浜町263
 電話 075-622-0243
 期間 通年
 営業時間 10:00~15:40
 定休日 不定休
 料金 入場料400円
 駐車場 2台
 お勧め ★★★☆☆

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寺田屋騒動。
また、坂本竜馬が京都滞在時に定宿として使っていた旅館。

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■魚三楼
 住所 京都府京都市伏見区京町3丁目187番地
 電話 075-601-0061
 営業時間 11:00~22:00(L.O.19:30)
 定休日 年末年始
 駐車場 なし
 お勧め ★★★★★

京料理屋。
今まで入ったこともないような高級感漂う旅館風小料理屋。

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幕末、新政府軍と幕府軍が衝突した鳥羽伏見の戦いでは、魚三楼の前・京町通に布陣した新選組は、銃砲で武装した薩摩藩軍へ白刃で斬り込んだといわれている。
表の格子には当時の銃撃戦の弾痕が保存されている。らしい。。(未確認)

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■伏見稲荷大社
 住所 京都府京都市伏見区深草薮ノ内町68
 電話 075-641-7331
 参拝時間 参拝自由
 料金 無料
 駐車場 あり
 お勧め ★★★★★

全国にある稲荷神社の総本社。
赤い鳥居のトンネルがとても印象的でおもしろい。

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かなり山の上にまで道が続いているんだけど、上れば上るほど妖しい雰囲気が増していく。

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■八坂神社
 住所 京都府京都市東山区祇園町北側625
 電話 075-561-6155
 参拝時間 参拝自由
 料金 無料
 駐車場 600円/時間
 お勧め ★★★☆☆

祇園さんと呼ばれている古社。
坂本竜馬&中岡慎太郎像がある。

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■清水寺
 住所 京都府京都市東山区清水1-294
 電話 075-551-1234
 期間 夜間特別拝観
     3月10日~3月21日
     3月27日~4月10日
     11月中旬~12月上旬
 拝観時間 6:00~18:00(夜間拝観は18:30~21:30)
 料金 300円(夜間特別拝観は400円)
 駐車場 不明
 お勧め ★★★★★

征夷大将軍として有名な坂上田村麻呂が建立したのが始まり。
春秋は夜間の特別拝観が可能になる。
八坂神社から清水寺に至る道(ねねの道、二年坂、三年坂など)から清水寺の境内までライトアップされる。

今日は初日で休日だったためかなりの混み具合。
でもライトアップはかなり幻想的できれいです。

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■にしおか
 住所 京都府京都市下京区西木屋町通四条下る船頭町233
 電話 075-361-7771
 営業時間 17:00~22:00
 駐車場 なし
 お勧め ★★★★★

洋食屋さん。
値段はそこそこするけど味は格別!

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■築地
 住所 京都市中京区河原町四条上ル一筋目東入
 電話 075-221-1053
 営業時間 11:00~23:00
 定休日 無休
 駐車場 なし
 お勧め ★★★★☆

音楽も内装もレトロな雰囲気。オシャレな喫茶店。
創業は昭和9年で、京都で初めてウィンナーコーヒーを出した店。

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本日の走行距離:33km 累計走行距離:11,012km

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2007年3月 9日 (金)

またまたまた

またまたまたとりあえず行き先。

しばらくはブログ更新よりも、優先されることが何かとあるため、このような状況が続くと思われる。

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■東大寺(奈良公園)
 住所 奈良県奈良市雑司町406-1
 電話 0742-22-5511
 期間 通年
 拝観時間 8:00~17:00(季節により変動あり)
 拝観料金 500円(大仏殿)
 駐車場 周辺の有料駐車場を利用
 お勧め ★★★★★
 
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世界遺産。
大仏(毘盧遮那仏)はもちろん国宝。

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■スパバレイ枚方南
 住所 大阪府枚方市津田山手1-24-1
 電話 072-808-4126
 営業時間 10:00~翌1:00(受付は~24:00)
 定休日無休
 料金 600円(土日祝は750円、各種サウナ利用は1000円)
 駐車場 180台
 露天 あり
 無料休憩所 なし
 ぬるめの浴槽 なし
 お勧め ★★★★☆

着衣のまま入るユニークなサウナがそろう。
が。高いので、入浴のみ。

あ。大阪府。ここはぎりぎり大阪府。京都との県境近くにある。
ので、一応19県目(1道1都1府16県目)になる。
もちろん、大阪はまだこれで終わりではないが。。

そして。
今日の宿は桂川PAという名神高速道のパーキング。
京都府。京都市。
ってことなので。。
つまり。。
実は、20県目(1道1都2府16県目)突入なのである。

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明日は京都の友人二人に会う。

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本日の走行距離:80km 累計走行距離:10,979km

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